【書評】『もういちど、あなたと食べたい』/筒井ともみ・著/新潮社/2200円
【書評】川本三郎(評論家)
巷にあふれる食のエッセイのなかでも本書は希有の面白い魅力を持っている。いまは亡き人の思い出を食と共に語る。あの大事な先輩たちと何を食べたか。おいしい食事と共にいまも忘れられない故人を偲ぶ。食と死が優しく溶け合い、食の書であると同時に、思いのこもったみごとな追悼記になっている。
映画「それから」「失楽園」「阿修羅のごとく」、テレビドラマ「小石川の家」「センセイの鞄」などで知られる脚本家が、これまで一緒に仕事をしてきた、また人生で教えられることの多かった先輩や同世代の友人たちを食と共に思い出してゆく。
食と死が合わさっている。こういう食の本は珍しい。食(生きる)とは死とつながるかけがえのない儀式なのだと思い知らされる。加藤治子と食べた蕎麦がき(おかちん)、松田優作と共にしたにぎり寿司、深作欣二が好きだったキムチ鍋、北林谷栄に振舞われた宅配のピザ、和田勉と松本清張と緊張しながら食したもずく雑炊。
次々においしそうな食と、それで思い出される先輩たちのことが語られてゆく。食のエッセイであると同時にみごとな人物スケッチになっている。打合わせで、松田優作は端的にいう。「仕事の話だ。モノは漱石の『それから』。森田(芳光)が撮って、俺が出る」。うーん、みごと。無駄がない。その松田優作が寿司をつまむ指が美しい。
一方、「それから」を監督する森田芳光は会った瞬間にいう。「明治は新しい」。これもうなる。著者の名付親だった名撮影監督宮島義勇(「人間の條件」)、心の師と慕った脚本家、野上龍雄、いい先人たちに恵まれている。さらに同時代を生きた向田邦子、樹木希林、あるいは佐野洋子。
すぐれた人との交流に羨しくなる。まさに才能は才能が知る。伯父は名優の信欣三。伯母は名女優といわれながら心を病んでしまった赤木蘭子。両親は著者が子供の頃に離婚した。家族のことを語る終章が泣かせる。
※週刊ポスト2022年2月18・25日号