『愛の讃歌』(越路吹雪)、『男の子女の子』(郷ひろみ)など、数々のヒット曲を世に送り出した作詞家・岩谷時子(享年97)。どのような思いを詞に込めていたのだろうか。『愛の讃歌』を手がけてから70年目を迎えるいま、彼女と親しかった人々の話から探ってみよう。(本文中一部敬称略)【全3回の第1回】
謎のベールに包まれた岩谷時子の「本心」
女性作詞家の草分け的な存在である岩谷時子。作詞家として活躍していた彼女にはもう1つの顔があった。それは、シャンソン歌手・越路吹雪(享年56)のマネジャーを務めていたことだ。
当時をよく知る音楽ディレクターで『岩谷時子音楽文化振興財団』の理事を務める草野浩二さんは、次のように語る。
「岩谷先生は女学校の先生みたいでしたね。下ネタは一切ダメ。とにかくまじめなかたでした」
NHKドラマスペシャル『ごめんねコーちゃん』(1990年)で、岩谷時子役を演じた俳優の竹下景子も、草野さんと同様の印象を持っている。
「とにかく楚々としている印象です。撮影前にお会いしたときは、私が演じることをとても喜んでくださっていてうれしかったですね。
岩谷さんはご自身のことを積極的に話されるタイプではなく、表に出ることも好まれなかったようです。私にも『これが最後の一冊なの』と、ドラマの原作となったご自身のエッセイをくださいました。きっと“これを読んで、いろいろと察してくださいね”ということだったんだと思います」(竹下)
2人が語るように岩谷と接した人は、誰もが「聖女を絵に描いたような女性」という印象を持ったようだが、詞の世界では見事に男女の心の機微を描き分けていた。
「シャンソン歌手の岸洋子さん(享年57)の『夜明けのうた』という曲があります。これは、もともと坂本九さん(享年43)が歌っていた『夜明けの唄』のカバーで、いずれも岩谷先生の作詞です。一人称の“僕”を“あたし”に変えているだけで、ほかはまったく同じ。なのに、坂本九さんの歌は勤労学生の応援歌で、岸洋子さんはラブソング。まったく印象が違うのがいまも不思議に思います」(草野さん・以下同)
ドキリとするような男女の情愛を見事に描いた曲もある。歌手で女優の沢たまきさん(享年66)の『ベッドで煙草を吸わないで』1966年)がまさにそれだ。この曲で岩谷は、ベッドの上でたばこを吸おうとする恋人に、火を消してほしいと願う女性を描いている。
「まったく性的なにおいを感じさせない岩谷先生に、どうしてセックスが終わった後の男女の情景が描けたのか不思議に思い、聞いてみたことがあるんです。
すると先生は、『ホテルに泊まると、よく“ベッドの上でたばこを吸わないでください”って書いてあるじゃない? あれよ〜』と、はぐらかすように話されて……。なぜあのような男女の情愛を思い起こさせる詞が書けたのか、いまだに謎です」
表舞台にほとんど顔を出さず、インタビューも数少ない彼女だが、どのような人生を送っていたのか。残された資料と親しい人の証言をもとに、少女時代からその足取りを追ってみよう。