試合後には選手と熱い抱擁を交わし、選手がミスしたとしても「よく頑張った」とねぎらいの言葉をかけ、肩を抱く──五輪では選手とコーチの固い絆も感動を呼ぶが、女子フィギュアスケートでは目を疑うような光景が世界の注目を浴びた。演技を終えたROC(ロシア・オリンピック委員会)のカミラ・ワリエワ(15才)に、エテリ・トゥトベリーゼコーチ(48才)が憤怒の表情でこう詰め寄ったのだ。
「なぜ諦めたのか説明しなさい! 戦うのをなぜやめたの?」
ドーピング疑惑で非難を浴びるなか、フリーのリンクに上がったワリエワ。彼女の表情は最初からひきつり、演技に集中できるような精神状態でないことは明らかだった。前半の3回転半でバランスを崩すと、その後も自慢のジャンプを立て続けに失敗。演技を終えると顔を手で覆ってうつむき、リンクを後にした。
「同じくエテリコーチに師事しているトゥルソワ選手がコーチに向かい『あなたはすべて知っていた!』とまくし立て、演技後に抱擁を拒んだのもショッキングなシーンでした」(現地にいたスケート関係者)
渦中のエテリコーチは、フィギュアの選手としてはほとんど無名の存在だった。引退後、コーチとして頭角を現し、2014年ソチ五輪で団体戦金メダルに貢献したユリア・リプニツカヤを指導。2018年平昌五輪では教え子のアリーナ・ザギトワ、エフゲニア・メドベージェワが金銀を独占し、ロシアの女子フィギュアの黄金時代を築いた。
今大会金メダルのアンナ・シェルバコワも銀のアレクサンドラ・トゥルソワも、ともにエテリコーチの指導を受けた選手たちだ。ただ、輝かしい実績を誇る一方、“厳しすぎる”という声もある。
「かつて、とあるロシア選手が、食事をしているところをエテリコーチに見られると怒られるので、こっそり食べては吐くということを繰り返していたと話しているインタビューを読みました。さらに思うようなジャンプができないと髪をつかんでリンク上を引きずり回されたり……。
コーチに『ゴミはゴミ箱にいろ!』とゴミ箱に閉じ込められたという話や、骨折しているにもかかわらず、練習を続けさせられた選手もいると聞きます」(前出・現地にいたスケート関係者)
彼女の教え子たちは10代半ばにして世界のトップに駆け上がる一方、ほとんどが“短命”で終わることも共通する。
「ジャンプは若くて体が細いからこそ跳べる。飢餓状態の中で朝から夜まで練習漬けの生活が長く続くはずがありません」(フィギュアスケート関係者)
他国の関係者の間からは、こんな声も聞こえてくる。
「米国では販売が許可されていない競技力向上のための薬を多くの選手が常用しています。でなければ、あんなにご飯を食べていない子たちが、何時間も練習し続けられるはずがない」
それでもエテリコーチの指導を希望する選手は後を絶たない。ロシア選手を取材したことがある記者が話す。