医療の発達とともに日本人の平均寿命は年々延び続け、「人生100年」どころか「人生120年」が現実となりつつある。一方、健康寿命は依然男女ともに70代のまま。そのため、「死ぬ」ことよりも「老ける」ことへの不安が高まっている。老化を止めるすべはないのか、最新医学に迫る。
実は既存薬に老化を防止する効果があると推測される薬が存在している。糖尿病治療薬「メトホルミン」にはアンチエイジングの効果が期待されるとして、2016年にアメリカの食品医薬品局(FDA)は、世界で初めて老化防止薬としての臨床試験を許可した。メトホルミンには、がん予防やアルツハイマー病予防などの効果が期待され、糖尿病治療薬として日本でも処方されている。
近年になって「人が老いる」メカニズムが徐々に明らかになっているが、老化の主因とされているのが老化細胞である。順天堂大学大学院医学研究科の南野徹教授(循環器内科)が説明する。
「人間の体の細胞は、少しずつさまざまなストレスにより、DNAに傷が入ります。傷が治れば普通の細胞に戻りますが、傷が入ったままだと、下手するとがん細胞になります。がんにならないために、細胞分裂を止めた細胞を『老化細胞』と呼びます。がん化を止める半面、老化細胞は炎症を起こす物質を出すので、他の正常な細胞を傷つけて老化細胞を増やしてしまうのです。老化細胞ができる理由としては肥満など生活習慣によるものが大きな影響を及ぼすと考えられています」
「GLS(グルタミナーゼ)1阻害薬」は抗がん剤として米国で臨床試験中の薬だが、実はがん細胞だけでなく、「老化細胞も取り除く効果」があるのではないかと注目されている。その研究をリードしているのが、東京大学医科学研究所副所長の中西真教授の研究チームだ。中西教授の説明を聞こう。
「一口に老化細胞と言っても多種多様なのですが、細胞分裂を停止した後も生き残っているのが共通点です。私たちは、本来なら自らが出す酸性物質で死んでいくはずの老化細胞を延命させているのがGLS1という酵素であることを発見しました。細胞はGLS1でアンモニア(アルカリ性)を作り、酸性物質を中和している。
この酵素の働きをブロックして細胞死を誘導して、老化細胞を取り除くのがGLS1阻害薬です。若くて正常な細胞は酸性に傾かず、アンモニアを作る必要がないので、GLS1を阻害しても影響を受けないため、老化細胞だけを選択的に除去できます」