【書評】『地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる』/ビル・ゲイツ・著 山田文・訳/早川書房/2420円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
温室効果ガスと気候変動に関するニュースはどしどし量産されている。だが、この問題をありのままに理解するのは容易ではない。地球全体で年間「510億トン」のCO2が排出されていると教えられたところで、それがどんなものかピンとこないだろう。数字が大きすぎて掴みどころがないのだ。
マイクロソフトの創業者で慈善家のビル・ゲイツもそんなひとりだった。彼は専門家チームを雇い、「混乱を招きがちな数字にメスを入れ」ることで、複雑な状況をようやく呑みこんだ。そうして経営者として培ってきた「思考の枠組み」と、課題洗い出しの「五つの問い」を使い、CO2排出ゼロに向け「一人ひとりができること」をまとめあげた。たしかな現状認識と対策のためのコスト計算は、合理的でわかりやすい。ビル・ゲイツの思考法が詰まっている。
地球温暖化対策の盲点は、産業界のほかに、グローバル化した食品産業にあったと彼はとらえた。
「アマゾンの熱帯雨林破壊は、ほとんどが牛の放牧地をつくるために起こっている」。牛肉と乳製品のために育てられる「およそ10億頭の牛」のげっぷが吐き出すメタンガスと、食品ロスから出るそれを合わせると、全世界の乗用車が出す温室効果ガスよりも多くなる。また森林破壊などは、植物が毎年吸収してきた「正味16億トンの二酸化炭素を大気中に排出」するのに等しい。この悪しき循環は低所得国の気候を直撃し、さらなる貧困へと招いていく。
温暖化対策と貧困問題を解決するには、化石燃料の使用をやめ、食生活の習慣を改めるなど「すべての国が行動スタイルを変える必要がある」。国際会議でこう呼びかけるや、「24か国と欧州委員会が参加し、クリーン・エネルギーの研究に年間46億ドルの新たな資金」が投じられるようになった。
このグリーン・マネーが地球に還元されるのか。それともまた欲望の対象として消費されるのかは気になるところだが、世界のリーダーたちを束ねたビル・ゲイツの思考に、手で触れる感じがする。
※週刊ポスト2022年3月11日号