【書評】『不安をしずめる心理学』加藤諦三・著/PHP新書/990円
【評者】香山リカ(精神科医)
「テレフォン人生相談」でもおなじみのベテラン心理学者、加藤諦三先生が教える「不安のしずめ方」。学者だから豊富な知識に裏付けされた解説があるのは当然だが、そこに臨床や自身の人生の経験が厚みを加え、さらにシニアだから言えるひとことにハッとさせられ続ける。
いま世間には「親ガチャ」などと言って環境に恵まれないことを恨む人もいるが、加藤先生は「不幸を受け入れる」ことが大切だと言い切る。まず自分自身の運命をしっかり受け入れないと、「自分はどう生きるのか」が見えてこない、という。私のようなハンパなキャリアの精神科医は、なかなかここまで口にできない。
ほかにも、「嘆いているだけの人」については、「嘆くことで、本人の退行欲求が見たされるからです」と、また「新型うつ病」など新しい用語の出現については、「『うつ病』といえば会社を休めるからです」と、先生はなかなか厳しい。でも、とにかく基本は「現実を否認するな」。自分が不安であることを認めその原因を見極められれば、「幸運の扉」が開き、人生が切り拓かれる。先生は人間の持つ底力をかぎりなく信じているのである。
最近の心の相談のトレンドは、「そのままでいいんだよ」と言える。「あなたはありのままで価値がある」「悩んだっていいんです」と私もよく言う。でも、本当はそうではないのかもしれない。不幸を受け入れ、悩みを生み出す現実をしっかり見つめて、そして恐れずに解決に向けて行動し、人生を変えていく。そんな勇気がなければ、いつまでも不安や悩みはくすぶり続けるだろう。
「もっとやさしい言葉でなぐさめて」という人には、本書は向かない。でも、「よし、このあたりで人生にしっかり向き合おうか」と思う人にはうってつけ。とはいえ、決して著者の口調は厳しすぎないので、そのあたりの心配は不要。人生の先輩の言葉に耳を傾けよう。私自身も「幸運の扉」を開いてみたい気持ちになれた。次はあなたの番だ。
※週刊ポスト2022年3月11日号