さっき自己紹介されたのに、ちょっと別の作業をしたら、もう名前が思い出せず声をかけられない。年だから仕方ないか──と、つい年齢のせいにしがちだが、年齢と忘れっぽさはあまり関係性がないと脳神経科学者の枝川義邦さんは言う。
「大人になっても、脳の一部では神経細胞が新しく生まれていることがわかっています。必ずしも加齢によって脳が衰え、忘れっぽくなるというわけではありません」
それよりも問題なのは、「年を取ると忘れっぽくなる」という思い込みだ。
アメリカで行われた実験で、18〜22才の若者と60~74才の高齢者を2つのグループに分け、それぞれテストを実施した。テストの内容は似たようなものだが、出題する際の伝え方が違っていた。
「1つ目のテストでは、年を取ると記憶力が衰えるという研究を紹介した後に、『記憶に関するテストをします』と、事前に年齢を意識させて実施した。結果は、若いグループの正答率が5割ほどだったのに対し、高齢グループの正答率は3割に留まりました。もう1つのテストでは、『いまから言語能力を測定します』と説明し、年齢を意識せずに解答してもらった。すると、若いグループと高齢のグループの正答率に差は見られませんでした。
つまり、“年だから覚えられない”と自分でスイッチを入れてしまうことにより、記憶力は低下してしまうのです」(枝川さん・以下同)
心理的な要因が、脳にセーブをかけるということだ。それでなくても、脳は忘れっぽい性質を持つ。
「記憶には積極的に忘れる仕組みがあるとわかってきました。なぜなら、私たちが日常的に触れている情報が多すぎるからです。すべてを覚えているとあっという間にキャパオーバーになってしまう。脳は情報をつねに選択し、かなり絞って記憶しています」
そもそも、すぐに覚えられる記憶容量はそれほど大きくない。専門家サイト・オールアバウトで記憶術ガイドを務めてきた宇都出雅巳さんが解説する。
「人間の脳には、『脳のメモ帳』とも呼ばれる『ワーキングメモリ』というシステムがあります。記憶を一時的に保存する働きがあり、文章を読んだり、会話ができるのはそのおかげです。
このワーキングメモリの容量は小さく、先に覚えていた情報は、違う新たな情報が入るとすぐに押し出されてすっかり忘れてしまいます。『あれ? 覚えていたはずなのに……』となるのはそのためです」
忘れてしまうことは脳にとって自然な現象なのだ。
だが、現実には「もの覚えのいい人」と「もの覚えの悪い人」が存在する。「生まれつき頭の出来が違う」と思いがちだが、そんなことはない。