今もその対応に悩まされている新型コロナウイルスだけでなく、人類は感染症とともに生きてゆかねばならない。白鴎大学教授の岡田晴恵氏による週刊ポスト連載『感染るんです』より、経口で感染し激しいおう吐や下痢、腹痛などの症状が特徴で、ワクチンがなく対処療法で治療するしかない「ノロウイルス」について、さらに解説する。
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感染症対策の岡田晴恵です。さて、今週は嘔吐や下痢などの急性の胃腸炎を起こすノロウイルスを取り上げましょう。
学校や職場などでの集団感染の報告も多く、この時期は特に注意すべき感染症です。
ノロウイルスというと二枚貝をイメージされる方もおられると思いますが、主な感染経路はそれだけではありません。
ノロウイルスは口から入って12時間から48時間を経て、吐き気、嘔吐、下痢を主な症状として発症します。通常は数日で軽快しますが、脱水や吐瀉物による窒息などにも注意が必要です。吐き気があって、なおかつ横になる場合は、体を横向きにして寝かせて、吐瀉物を喉に詰まらせないようにします。特に高齢者や乳幼児は脱水と窒息により注意してください。嘔吐の症状がおさまったら少しずつ水分を補給し、消化の良い食事を摂るようにします。脱水がひどい場合には医療機関で輸液を行なうこともあります。
ノロウイルスのしたたかさは、ごく少数のウイルスで感染が成立する点です。感染者の糞便1グラムの中には1億個、吐瀉物1グラムには100万個以上のノロウイルスがいるのに対して、数十個が人の口に入れば感染します。よく手を洗ったつもりでも、その手に少数のウイルスが残って、次の人への感染源になります。
汚染物に触れた手で口に触れたり、また食品に触れてウイルスが付着すると、それを食べることでも感染するのです。さらに下痢が止まって治ったと思った後にも、2週間くらいは便の中にウイルスが排泄されて、これがまた感染源になります。実にしぶといウイルスなので、トイレの後には手洗い励行です。
また、トイレの蓋を閉めて流すこともポイントです。水流でウイルスが舞いあがって、周囲に長時間浮遊し、次にトイレに入った人がそのウイルスを吸い込んで感染するのを防ぐためです。もちろん、トイレの換気も重要ですね。
さらにノロウイルスは消毒用アルコールでは不十分で、塩素系漂白剤を使って消毒をします。吐瀉物は、実は広い範囲に飛び散っていますから、きちんと消毒しながら除去します。カーペットの毛足に残っていたウイルスが数日間以上経った後に掃除機の排気で空中に拡散して、それを吸い込んだ人が集団感染を起こした事例もあります。
一方、下水に出たノロウイルスの一部は不活化されずに河川から海に出て、二枚貝の中腸腺に濃縮されます。その二枚貝を不十分な加熱で食べることで、人が感染することがあります。食品からの感染を防ぐには、85℃で1分間加熱することが必要です。
ノロウイルスは1年を通じて発生しますが、冬季をピークに流行します。悩ましいことにノロウイルスにはワクチンがありません。
【プロフィール】
岡田晴恵(おかだ・はるえ)/共立薬科大学大学院を修了後、順天堂大学にて医学博士を取得。国立感染症研究所などを経て、現在は白鴎大学教授。専門は感染免疫学、公衆衛生学。
※週刊ポスト2022年3月18・25日号