寺宝をめぐる旅へと誘うウイークリーブック『隔週刊 古寺行こう』(小学館)が3月8日に創刊される(1号・法隆寺、2号・東寺。同時創刊)。毎号、名刹を取り上げて仏像、伽藍、行事などをわかりやすく解説し、長さ80センチの大画面で貴重な「寺宝」をクローズアップ。ここでは同誌1号のテーマである、奈良の法隆寺について紹介する。
奈良・斑鳩の空にのびる五重塔がシンボル的な法隆寺は1400年以上前、仏教による国造りを目指した聖徳太子によって創建された。世界最古の木造建築群を誇り、国宝・重要文化財の建造物は55棟に上る。平成5(1993)年、日本で初めてユネスコの世界遺産に登録された。
法隆寺は玄関にあたる南大門の北に位置する西院伽藍と、500メートルほど東に離れた夢殿を中心とした東院伽藍からなる。
『日本書紀』によると、聖徳太子は推古天皇9(601)年、現在の東院伽藍の地に斑鳩宮の造営に着手。4年後の推古天皇13年に当時の都・飛鳥から移り住み、推古天皇15年に法隆寺を建立した。その寺は六十数年を経て焼失したが、その後、金堂、五重塔、中門、廻廊からなる伽藍が建立されたと考えられている。これら飛鳥時代の建築物は今の西院伽藍に位置し、現存する木造建築としては世界最古。いずれも国宝である。十数世紀にわたり戦乱や天災の世を生き抜き、1300年余り前に建てられた木造建築物が現在も立ち続けているのは奇跡と言ってよいだろう。
さらに法隆寺には、国宝・重文の仏像が約300体あり、まさに仏教美術の宝庫。なかでも、西院伽藍で最初に建てられた金堂の須弥壇に計13体の仏像が並ぶ光景は圧巻だ。「中の間」の本尊・釈迦三尊像、「東の間」の本尊・薬師如来像、須弥壇の四隅に置かれた四天王像は、仏教の黎明期にあたる飛鳥時代に造られた。
この四天王像は日本最古の四天王であり、穏やかな眼差しと姿は、後世の眼光鋭く威嚇的な四天王像とは異なるのが興味深い。また、聖徳太子等身の像とされる釈迦三尊像の光背裏面には仏像建立の経緯を示す銘文、薬師如来像の光背裏面には法隆寺創建の由来を記す銘文が刻まれている。
聖徳太子自身は法隆寺建立から15年後、病に倒れて49歳の若さで薨去した。その後、太子一族は滅び、斑鳩宮があった場所は荒廃の一途を辿った。それに心を痛めた高僧・行信は、奈良時代の天平11(739)年、太子供養の伽藍の建立を阿倍内親王(後の孝謙天皇)に奏上し、宮跡に夢殿を中心とする東院伽藍を建立した。太子信仰の聖地となった夢殿に本尊として安置されている国宝の救世観音は飛鳥時代の作。聖徳太子の等身の像と伝えられるが、いつ誰によって造られたかを明確に示す資料はない。
法隆寺にはこうした謎は多いが、数多の寺宝とともに、聖徳太子の教えは悠久の時を超えて今も受け継がれている。
■小学館ウイークリーブック『隔週刊 古寺行こう』(隔週火曜発売)
1号(法隆寺)・2号(東寺)同時創刊(3月8日)、特別価格490円(税込み)
※3号(3月29日発売)以降は各770円
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※週刊ポスト2022年3月18・25日号