愛娘の死から3か月。悲しみに一区切りつけ、松田聖子(60才)は日常を取り戻しつつある。そのきっかけは異例の法要だった。納骨をしない、墓もない──しかし、それこそが母親ができる娘への最大の贖罪だった。
昨年12月18日に亡くなった神田沙也加さん(享年35)の四十九日法要が1月30日、都内の某寺で営まれた。ここは、聖子が2012年に再々婚したA氏一族の菩提寺。遺骨は聖子が保管しており、法要後も納骨されずに持ち帰ったという。
聖子と沙也加さんは、これまで何度も親子間の亀裂が報じられてきた。
「2人はかつて、一卵性親子と呼ばれるほど仲のいい親子でした。ですが、似ているがゆえに衝突も多かったのでしょう。沙也加さんの交際相手を巡っては、かなり激しい口論になったこともあります。
沙也加さんにしてみれば、男性に関しては“好き勝手やっているママには言われたくない”という思いもあったようです。一時は弁護士を介さなければ“会話”が成立しないときもあったほどです。親子関係は最後まで改善されなかったといわれています」(芸能関係者)
そんな沙也加さんの味方は、聖子の母で祖母にあたる一子さんだった。
「忙しい両親に代わって、一子さんは沙也加さんにとって母親代わりでした。聖子さんとの関係がよくないときも、一子さんは沙也加さんに寄り添っていたんです。でも2017年を境に、一子さんと沙也加さんの関係が悪くなってしまったんです」(沙也加さんの知人)
2017年4月、沙也加さんは9才年上の村田充(44才)と結婚(2019年に離婚)。聖子と連絡を絶っていた沙也加さんは、一子さんには真っ先に結婚の報告をした。だがその反応は意外なものだった。
「祝福の言葉をもらえると思っていた沙也加さんですが、一子さんは結婚に難色を示した。孫のことはかわいいけれど、結婚となると“松田聖子の財産を継ぐ存在”になる。村田さんがいけない、ということではなく“もっと吟味してほしい”という思いが勝ったそうです。一方の沙也加さんは、家族が祝福してくれないことに落胆し、知人に“こんな家族はもう嫌だ”と漏らしていました」(沙也加さんの知人)