春を感じられる心地いい陽気になってきたこの時期。ゆっくりと読みたいおすすめの新刊4冊を紹介する。
『名探偵・浅見光彦 全短編』/内田康夫/光文社/2090円
1985年にスタート、『遺譜』が自筆での最後の事件となった浅見光彦シリーズ。お坊ちゃまキャラが好感度大だった。光彦の幼馴染みで田園調布に嫁いだ女性が遺した暗号、旅先の温泉宿で遭遇した密室殺人など計6編。中でも「逃げろ光彦」と「名探偵は居候」には内田氏その人が登場。気が短く、人は平気で待たせても、待たされるとイライラするという自画像にクスッとする。
『はじめての』/島本理生、辻村深月、宮部みゆき、森絵都/水鈴社/1760円
中身が見えず、小さな口から一粒ずつしか出てこないサクマのドロップ缶。何色の何味が出てくるかいつもドキドキだった。そんな気持ちを思い出した4編。和製カズオ・イシグロのような島本理生、ジュブナイルのお手本、辻村深月、パラレルワールドに親子の相性というやるせないテーマを植えた宮部みゆき、女子高生の精気が伝わってくる元気な森絵都。この贅沢さ、貴重。
『ものがたり戦後史 ──「歴史総合」入門講義』/富田武/ちくま新書/1034円
一読興奮。なんて簡潔な必読書! 著者は1945年生まれの終戦っ子。敗戦から始め、新憲法、55年体制、高度成長、石油危機、ポスト冷戦の日本の構造不況や格差に触れ、最終第15講では戦争の過去と未来を語る。安倍政権下で加速した歴史修正もさることながら、直近に浮上した安倍氏の核シェアリング論で非核三原則はどうなるのか。本書を杖に自分の戦争観を掘っておきたい。
『歩道橋シネマ』恩田陸/新潮文庫/781円
恐怖、謎、郷愁。様々なテーマと手法が大集合。どれも語り口の滑らかさに乗せられるのに、37年に1度の祭の日に起こった変事を描く「あまりりす」だけがどうにも分からない。「あとがき」を読むと編集者も同じだったらしく、著者が種明かしすると爆笑されたとか。「一応、怪談なのに」と肩を落とすのが可笑しい。粒よりの18編。“事故物件”も再読すると、はい、山ホラーでした。
文/温水ゆかり
※女性セブン2022年3月31日号