いよいよ春本番、桜が満開になる季節だ。全国各地で咲き誇る桜には、たくさんの人々の思いが詰まっている──。
福岡県福岡市にある、とある桜の木に吊るされた一首の短歌。これが、町の人たちの心を動かした。
「あれは1984年3月のこと。樹齢50年のソメイヨシノ9本の並木道近くに住んでいた土居善胤さんは、毎春、ここで桜が咲くのを楽しみにしていたそうです」(福岡市南区役所企画振興課担当・以下同)
しかしある日、そのうちの1本が伐採されていたことに気づいた。道路拡幅工事のためだ。
「土居さんは“残りもこのまま、切られてしまうのか”とショックを受け、何とかしたいと考え、残った桜の木に、市長宛てに短歌をつづった一枚の紙をくくりつけたんです」
《花あわれ せめてはあと二旬 ついの開花を ゆるし給え》
つぼみをたくさんつけたまま、切られてしまってはかわいそう。せめてあと20日間(二旬)、最後の花を咲かせて散るまで待ってほしい。そんな願いを込めた短歌だ。
「その後、そこを通りかかった当時の九州電力社長の故・川合辰雄さんがこの短歌を目にし、広報担当者に相談。この短歌が、1984年3月23日発行の西日本新聞で記事になりました」
それぞれの思いがバトンのようにつながり、新聞記事となり、広く知られることになったのだ。当時福岡市長だった故・進藤一馬さんもまたこの記事を読み、返歌をくくりつけた。
《桜花惜しむ 大和心のうるわしや とわに匂わん 花の心は 香瑞麻(かずま)》
自分の独断で公共事業を止めるわけにはいかないが、桜を愛するあなたの大和魂は受け取った、という内容だ。