時節柄、議論が分かれる事態は生じやすいものである。コラムニストの石原壮一郎氏が「幻の決勝戦」について考察した。
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まさに、こういうことを「粋な計らい」と言うのでしょう。新型コロナ関連の話題は暗い気持ちになるものがほとんどですが、久々に明るいニュースを見ました。ラグビー「リーグワン」の埼玉パナソニックワイルドナイツが、激しく落ち込んでいたであろう高校生に救いの手を差し伸べたのです。
3月31日に行なわれるはずだったラグビーの全国高校選抜大会(埼玉・熊谷ラグビー場)の決勝戦。東福岡(福岡)と報徳学園(兵庫)が戦うはずでした。ところが、東福岡(福岡)がこれまで対戦したチームから陽性者が確認されたということで、前夜になって大会実行委員会から「辞退勧告」(という名の出場停止処分)を受けてしまいます。決勝戦は中止になり、もうひとつの決勝進出チームである報徳学園(兵庫)が不戦勝で初優勝となりました。東福岡は前年の優勝校でもあります。
戦えなかった2校の選手は、さぞ無念だったことでしょう。ところが、驚きの展開が待っていました。ワイルドナイツが急遽、決勝戦が行われるはずだった31日に、埼玉に保有するグラウンドで2校の“練習試合”をお膳立てしたのです。ワイルドナイツは東福岡の選手にPCR検査を行ない、全員が陰性だったことも公表しました。
ワイルドナイツは「たまたま今日は練習が休みでグラウンドが空いていたから」と控えめにコメントしていますが、そんな簡単な話ではありません。見方によっては実行委員会(日本ラグビーフットボール協会?)への当てつけになってしまいます。
しかも、チームのYouTubeチャンネルでライブ配信を行なったり、日本代表の松田力也選手と堀江翔太選手が解説を担当したりなど至れり尽くせり。お????りや批判を受けるのを覚悟の上で、不運な高校生たちに何かしてあげられずにはいられなかったのでしょう。もはや勝敗は二の次ですけど、試合は37-10で東福岡の勝ちでした。
コロナ禍になって日本人は、もともと大好きだった「事なかれ主義」にさらに磨きをかけています。厳しすぎるとも思えるレギュレーションだったことも、出場停止ではなく「辞退勧告」という形を取って、「強制ではなく学校側が決めたこと」という体裁を保とうとするところも、ベースには「事なかれ主義」があると言えるでしょう。
しかし、ワイルドナイツの関係者は違いました。これが「ラガーマンシップ」ってヤツでしょうか。その素早い決断力と行動力と深いやさしさには、大きな拍手を送らずにはいられません。我ながら単純ですが、ラグビーというスポーツのイメージが一気にアップしました。ネット上の反応も、大半が称賛の声です。
ただ、どんな話題のときも、称賛する人ばかりではありません。意地でも「いい話だね」「よかったね」と反応したくない人が、一定の割合でいます。東福岡以外にも新型コロナウイルスがらみで出場を辞退した高校が4校あったことから「不公平だ」と憤ってみたり、試合をしてもし感染者が確認されたら誰が責任を取るのかと言ってみたり。
「いちばんつらい思いをしている人に合わせるべきだ」と主張するのは、無意味な平等主義に過ぎません。別名「足の引っ張り合い主義」で、これも日本人が得意とする考え方のひとつ。しかも当事者でもない第三者がそこを批判するのは、勇気ある行動に水を差して何もできない自分を正当化する一面もあり、同じく「足の引っ張り合い主義」です。