【書評】『「それから」の大阪』/スズキナオ・著/集英社新書/924円
【書評】与那原恵(ノンフィクションライター)
タイトルの「それから」とは、コロナ後のこと。大阪を歩き、市井の人々と語らった著者は、東京生まれだが、二〇一四年に妻の実家がある大阪に転居。いわゆるストレンジャーゆえに、定型として語られる「コテコテの大阪」ではなく、著者自身が日々ふれている「平熱」の大阪を見つめることができたのかもしれない。
まず歩いたのは、三年後に開催予定の「大阪・関西万博」(2025年日本国際博覧会)の会場予定地「夢洲」である。一九八〇年代末、大阪市が打ち出した都市構想(テクノポート大阪)の舞台になるはずだった人工島三つのうちの一つだが、バブル崩壊や五輪招致の失敗などを経て、万博会場に決定。開催を契機に景気回復を期待する人もいるようだが、現在は軟弱な地盤の土地に広漠とした風景が広がるばかりだ。
夢洲には生活の匂いすら感じられないけれど、東大阪市の神社に足を延ばせば願掛けをする人々が「お百度参り」する光景に出会う。大阪市の四天王寺では縁日の中止で打撃を被った屋台店主に、これからどうなっていくでしょうねと尋ねると「商売は強気でいかな、絶対攻めなあかんねん。それで倒れたら、もうしゃあないねん。それが最終的な答えやな。せやから前を向いてな、いかなあかん」と自らを鼓舞するように言う。
コロナ後も家族経営でがんばってきた西九条駅近くの立ち飲み屋。閑散とする道頓堀界隈では、ド派手な立体看板が人を励ましているようだ。看板を制作する「ポップ工芸」代表取締役は、淡々と「納期があるから徹夜して一生懸命やってるだけであって」と話す。
町を練り歩きながら人を元気づけるちんどん屋の意外な経歴。毎朝六時から三六五日休まず営業する銭湯の店主はコロナ禍の中でも意気軒高だ。銭湯は「こもった陰鬱な気分が晴れるゆうか、そういう場でもあるんやなと」と語る。
地にしっかりと足を付けた生活者のいきいきとした声が魅力的だ。万博会場の光景とは対照的に、土地が育んできた力強さを感じる。
※週刊ポスト2022年4月8・15日号