【書評】『吉祥寺ドリーミン てくてく散歩・おずおずコロナ』/山田詠美・著/小学館/1485円
【評者】嵐山光三郎(作家)
新型コロナ・ウイルスの感染が拡大するなか、東京吉祥寺で暮らす山田詠美さんは、片面パリパリ焦がし焼きそばを食べつつ「許さん!」と怒っておるぞ。人呼んで言葉尻番長である。
「嫌いな言葉」ってあるんですよね。それが新聞やテレビキャスター、政治家の口から出てくると、本能的に反感を持ってしまう。私は「ほっこり」ってのが嫌いでね。
詠美さんは「言葉をさぼるメディア」(権力を持つ側の傲岸不遜の発言)や「短絡的な分類」(若者=清く正しい、大人=汚れていてずるい)が嫌い。だって十八歳の詠美さんは学校さぼって遊び呆けていた。あ、それは嵐山も同じだ。「萌えキャラ」「女の質の向上」「エッチ」「ウグイス嬢」。緊急経済対策の「お肉券」や「お魚券」。東京都知事のお墨付を得た「おうちにいましょう」。分別ある大人が「おうち」、やだね。
芥川賞選考委員のなかで詠美さんは一番古い人になった。十八年前に新選考委員になったときは三島由紀夫につぐ最年少と言われたが、あっという間の十八年。
芥川賞直木賞の正賞である時計には受賞者名が「くん付け」で彫られているという。一九八七年『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞を受賞した詠美さんの時計にも、山田詠美君と彫ってあった。河野多惠子さんは、電話中に石原慎太郎氏を「石原くん」と呼んでいたという。お、いいなあ。詠美さんが中・高あたりから男女ともに名字を呼び捨てしあうようになった。私が会社に入ったころは、年上は男女ともにさん付けであった。
最初に読んだ詠美さんの小説は『ひざまずいて足をお舐め』(一九八八年)。詠美さんが前の夫とニューヨークに里帰りしたとき、夫の幼馴染みの男たちは「日本の女はいいなあ。跪いて靴下を履かせてくれるっていうじゃん! 彼女の友達を紹介してくれ!」と頼んだ。前夫は気まずそうに私の顔を見て、受話器に向かって「いや、彼女、跪かせるほうだから…」と言ったんだって。
※週刊ポスト2022年4月22日号