【書評】『新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝突』/ダニエル・ヤーギン・著 黒輪篤嗣・訳/東洋経済新報社/3520円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
『石油の世紀』で知られるエネルギー専門家、ダニエル・ヤーギンが2年前に著した大著。ここにはロシアによるウクライナ侵攻の必然と、これが単なる二国間の問題でない理由がすでに書かれている。
引き金となったのは、「米国家安全保障局(NSA)の契約職員で、政府に不満を抱いていたエドワード・スノーデン」の亡命を、2013年にロシアが受け入れたことにあった。スノーデンがもたらした「途方もなく価値のあるもの、すなわち米国の情報機関の『王国の鍵』」が、ロシアの安全保障上の問題を明らかにしていたのである。
「これをきっかけにウクライナとその国境を中心にして、機能不全」がおこり、「東西の分裂、さらには新たな冷戦の激化」がはじまった。「『旧ソ連圏』に『特権』を持つ世界の大国としてロシアを復活させる」というプーチンの野望が、焦燥と猜疑心によって暴走をはじめたという。
西側の経済制裁を受けても、プーチンが強気を崩さず、中国もまたロシア支援を貫いているのは、「エネルギー分野の劇的な変化」がもたらした結びつきによる。「ロシアにとって、中国はきわめて重要な市場」であり、「中国にとって、ロシアは信頼できるたいせつなエネルギーの供給国」だからだ。
かつてトランプ前大統領は、NATO事務総長との会食の席で「ドイツは完全にロシアに支配されている」と言い放った。ドイツのエネルギーの「60~70%」は、ロシアの天然ガスだったうえ、「欧州の総エネルギーの9%」がそこから枝分かれして供給されていたからだ。
ロシアとウクライナの戦争は、EU諸国にエネルギー安全保障上の問題を引き起こし、早晩、「炭素の排出量実質ゼロ」を目標としてきた世界の取り組みにも大きなかげりを落とすことになるという。エネルギー資源をめぐる争いは、地政学上の新たな世界秩序を生み出し、地図を塗り替えるという凄惨な歴史の連なりでもある。犠牲を強いられるのは、いつも無辜の民である。
※週刊ポスト2022年4月29日号