【書評】『大邱の夜、ソウルの夜』/ソン・アラム・著 吉良佳奈江・訳 町山広美・解題/ころから/1980円
【評者】香山リカ(精神科医)
これは、あなたを試す一冊だ。もしあなたが「韓国のことはわからない」と思っていて、さらに「女性のことはわからない」「マンガはしょせん娯楽」と思っていたとしたら、ぜひこの本を読んでほしい。そう、本書は韓国で生きる女性たちのことを描いたマンガだ。そして描かれているのは、韓国だけではなく全世界の女性たちがうなずくはずの“モヤモヤ感”なのだ。
自分らしく生きたい。そう思ってがんばっても、女性たちは地元や家族や世間の目に縛られ、なかなか自由に羽ばたけない。結婚、家族の介護の終了などのタイミングで故郷を離れればよいのか、というとソウルのような大都市にはそれなりの厳しさもある。主人公が親の反対を押し切って引っ越したソウルで職場の男性たちから嫌味を言われ、帰りの電車でひとりつぶやくシーンがある。「全然しんどくないよ。本当に。」
「なんだそれ」とそれでも本書を読みたいと思えない人は、だまされたと思ってこれを買って自分の妻か娘にわたして、「どう思う?」と感想をきいてみてほしい。おそらくあなたのいちばんそばにいるはずの彼女たちは、「わかる。私も同じようなことを考えたことがあるの」とあなたがこれまで知らなかった顔を見せてくれるはずだ。
また、本書にあるような女性どうしの助け合い、支え合いの話しをしてくれるかもしれない。そこからじっくり彼女たちの話を聞けるかどうかが、あなたが本当の意味で妻や娘たちの“人生の同伴者”になれるか否かの分かれ目だ。
そして本書には、家庭や職場で女性たちを心ない言葉で傷つける男性たちも出てくる。
「子どもが保育園にいる間、何やってるんだよ?」「おまえがやってる仕事、自己満足だろ」「この仕事、向いていないんじゃない?」。そして男どうしとなると「今日は2人でとことん飲むぞ」と上きげん。「もしかして自分も」と反省できたとしたら、それが成長の第一歩だ。あまり身がまえず、まずはぜひ手に取ってみてほしい。
※週刊ポスト2022年5月6・13日号