ロシアによるウクライナ侵略は、軍事的な戦いであると同時に、自国への支持を広げるためにインターネット上で映像などを拡散する「イメージ」の闘いでもある。その点が“新しい戦争”などと表現されるが、プーチン大統領とゼレンスキー大統領のイメージ戦略の衝突は、80年以上前の「独裁者」と「喜劇王」の闘いと重なる──そう指摘するのは『チャップリンとヒトラー』(岩波書店刊)の著者である脚本家の大野裕之氏だ。【前後編の前編】
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端的に言って今回の戦争において、すでにプーチンは負けている。僕はそう思っています。
軍事的には大国・ロシアがまだ勝てるのかもしれません。しかし、とりわけ西側諸国では“プーチンは独裁者で悪者である”という「イメージ」が定着して、名だたるグローバル企業がロシアから引き揚げました。
仮に武力の戦いに勝利したところで、ロシアは今後、何十年も「負のイメージ」を引きずることになります。そういう意味で、ロシアはすでに負けている。太平洋戦争での「侵略のイメージ」から戦後77年経っても逃れられない日本人は、それを理解できるはずです。
対するゼレンスキーはSNSなどを駆使して世界中から同情と共感を集めています。イメージ戦略において、完全にプーチンを上回っていると言えるでしょう。
〈そう語るのは、チャップリン研究の専門家として国際的に活動する大野裕之氏(日本チャップリン協会会長)だ。自身は「国際政治の専門家ではない」と前置きしつつも、ロシアのウクライナ侵略について鋭い考察を述べていく。今回の戦争は、第二次世界大戦当時の独裁者・ヒトラーと、喜劇王・チャップリンが「メディアという戦場」において「イメージという武器」で争った歴史と重なる部分が多くあるというのだ。〉
チャールズ・チャップリンは1889年4月16日、英国・ロンドンの貧民街に生まれました。アドルフ・ヒトラーがオーストリアで生まれたのはそのわずか4日後のこと。この2人は、メディアという戦場で闘いを繰り広げます。まずはそのことを振り返りましょう。
両者は映画というメディアを通じて世界を席巻した人物と言えます。
1921年にチャップリンが制作した映画『キッド』は、全世界でほぼ同時に上映されました。世界中の人が「動いている人物のイメージ」を共有したのは、この作品のチャップリンが初めてです。つまり初めての世界的な大スターでした。
一方のヒトラーは地域政党の政治家から、演説の上手さでのし上がります。その際に大きな役割を果たしたのが、彼の弁舌の巧みさを大衆に伝える「トーキー映画」でした。ちょうど「サイレント映画」から時代が変わるタイミングで、イメージと宣伝の力でドイツの最高指導者となり、一時は世界を恐怖に陥れるほどの力を握りました。