ロシアによるウクライナ侵略は、軍事的な戦いであると同時に、自国への支持を広げるためにインターネット上で映像などを拡散する「イメージ」の闘いでもある。その点が“新しい戦争”などと表現されるが、プーチン大統領とゼレンスキー大統領のイメージ戦略の衝突は、80年以上前の「独裁者」と「喜劇王」の闘いと重なる──そう指摘するのは『チャップリンとヒトラー』(岩波書店刊)の著者である脚本家の大野裕之氏だ。チャップリン研究の専門家として国際的に活動する大野氏が、ウクライナ侵攻を読み解く。【前後編の後編。前編を読む】
ゼレンスキーという“役者”
そして今、チャップリンとヒトラーの「イメージの戦争」を想起させるのが、プーチンとゼレンスキーです。
今回の侵略前まで、プーチンは筋骨隆々の上半身を誇示し、ヒトラー的なマッチョのアピールをしていました。ソ連崩壊後のロシアを立て直した強いリーダーを印象づけていたのです。しかし、そのイメージはもう微塵もありません。
西側諸国では“プーチンは悪”というイメージが定着し、ロシア軍の残酷さが次々に報じられます。ロシア側は「ウクライナのネオナチを倒す」と自分たちの絶対的な善性をアピールしますが、聞く耳を持たれません。
ひとえに、プーチンがイメージ戦略でゼレンスキーに敗れたからです。
ヒトラーやプーチンがアピールする強いリーダー像は、恐怖や憧れの対象になることはあっても、共感や同情の対象にはなりません。
片やチャップリンは弱者の側に立ち、大衆の象徴というイメージとともにある。奇しくも「元喜劇俳優」という経歴を持つゼレンスキーも同様です。大衆的で、同情や共感の対象になりやすい。
ゼレンスキーはTシャツ1枚でメディアに登場し、全世界に自分たちの苦境を訴えました。もちろん、戦時下で本当に大変な状況にあったのでしょうが、イメージ戦略として非常に有効でした。
世界各国の国会でのオンライン演説もそうです。国ごとに内容を変え、日本向けには誰も傷つかない内容にするなど、各国の国民性を精緻に分析していました。
現代において「政治家」と「役者」の親和性は非常に高いと思いますが、プーチンとゼレンスキーも政治家であり、かつ役者であると見ることができます。そして、ゼレンスキーのほうが“役者として一枚上手”という印象が強い。チャップリンもヒトラーを「最高の役者」と評したことがありました。