コン、コン。ドアのノック音とともに、対話劇は幕を開ける。「寒いですねえ」。部屋に入ってくるなり、そう切り出すのは秋篠宮である。それに応じるのは元毎日新聞編集委員のジャーナリスト・江森敬治氏だ。たわいもない話題に始まり、父親の退位や長男の進学などについて会話は深まっていく。このたび江森氏が上梓する『秋篠宮』(小学館刊)には、そんなやりとりが生々しく描かれている。5月11日の同書発売に合わせて、秋篠宮の肉声を独占掲載する。【全3回の第2回。第1回から読む】
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取材場所となった秋篠宮邸の部屋には、三羽の鳥の剥製やアンモナイトのような白い置物がある。これは秋篠宮いわく、珍しいものを置いておくと初対面の訪問者とも会話が広がることがあるからだという。「自らのことをシャイで口下手だと考えている、殿下らしい工夫が見られます」と江森氏は言う。本書が紹介する秋篠宮の姿は、多くの国民にとって新鮮だろう。幼少期のエピソードとして次のような記述がある。
〈兄は木登りが得意でスッスッスッと、木の上まで登っていった。東宮御所の駐車場近くには煙突のある建物があり、兄はその上まで登ったこともあった。(略)秋篠宮は学校から帰ってきても、部屋に籠もり、誰かに引っ張り出されないと外には出なかった〉(同書より)
実直な兄・天皇に対して、秋篠宮は自由奔放な次男として語られることが多かった。幼少期に限っていえば、実際は逆だった。
皇族「人間・秋篠宮」の素顔が最も自然な形で現われるのは、両親についての問答だった。
「地方に母が出かけるというので、ものすごく泣いたという思い出は鮮明に残っていますね」
これは江森氏が父親である上皇、母親である上皇后との最初の思い出を聞いた際の返答である。
〈上皇后が、九州に公的な活動のために出かけた時の話だという。彼は、親と離れるのが辛く寂しかった。「(そろそろ)出掛けます」と告げた母親に対して、「行かないでえー」と、大声で泣き叫び、引き留めようとした〉
江森氏によれば、母親との思い出を話す秋篠宮は嬉しそうだったという。
「何かの機会に、東宮御所で、宮内庁の嘱託のカメラマンが撮影するということがありまして……(略)カメラのフラッシュがまぶしい光でね、びっくりしました。すると、母が撮影を終えて部屋に戻ってきてから、『まぶしかったでしょ』とやさしく声をかけてくれました」
父親に対してはどんな記憶を持つのだろうか。