新年度を迎え、藤井聡太竜王(19)はタイトル戦の対局が続く。4月末には叡王の防衛戦が開幕し、6月からは研究パートナーであり、宿命のライバルとも言える永瀬拓矢王座(29)との初タイトル戦となる棋聖戦が始まる。大一番を前に藤井竜王の「素顔」を真近で見てきた師匠・杉本昌隆八段(53)と永瀬王座が、秘蔵エピソードを明かす──。〈司会・構成/大川慎太郎(将棋観戦記者)〉【前後編の後編。前編を読む】
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──永瀬さんは4月25日に棋聖戦の挑戦者決定戦で渡辺明名人に勝ち、藤井棋聖への挑戦権を獲得しました。藤井さんとのタイトル戦は初めてになりますが、心境は?
永瀬:藤井さんは本当に勝負にカラい。研究会でどんなに連勝していても全く気が緩みません。例えば10連勝したら多少は緩むでしょう。でも藤井さんは違う。なのでこちらの集中が少しでも欠けたら勝負になりません。先ほどの話ではないけど、忘れ物をするくらい集中しないと。
──師匠から見て、注目すべき部分はどこですか?
杉本:研究会のパートナーなので、お互いの将棋は誰よりも知っています。まずはどんな作戦を採るかに興味がありますね。気心の知れた2人の感想戦も見どころです。渡辺名人や豊島将之九段とのタイトル戦とは、また違う雰囲気になるでしょう。
──藤井さんにとって今度の棋聖戦は9回目のタイトル戦になります。過去で印象に残っているものはどれですか?
永瀬:うーん、もちろんすべての将棋に目を通していますが、特別な驚きや発見はなかったです。
杉本:素直な感想ですね。言いたいことはわかります。私は強いて挙げるなら、藤井竜王にとって初タイトル戦になった20年の棋聖戦五番勝負です。一局一局にドラマがありました。連続王手をしのいで勝ちきった第1局や、渡辺名人が終盤まで深く研究していた第3局など、いろいろな意味で人間と人間の勝負であることを感じました。
永瀬:第1、2局は熱戦だったと思いますが、自分との練習将棋でもあのレベルのものはあったので、特別すごいとは思いませんでした。これぐらいの不利は終盤で跳ね返してくるよな、という実体験がありましたからね。
──改めて師匠から見て、藤井さんはなぜこれほど強いのでしょうか?
杉本:やっぱり誰よりも将棋が好きだからということに尽きる。付け加えるなら、どんなに悔しい負けをした時も、すぐに回復して将棋に戻ることができる。中には次に引きずりかねない痛い敗戦もあったと思うんです。でも藤井竜王はすぐに立ち直るだろうという安心感があります。
──高勝率の藤井さんがスランプに陥った時期はありましたか?
杉本:うーん……1勝1敗ペースが何回か続いた時があって、強いて挙げるならそれでしょうか。
永瀬:藤井さんとの練習将棋で最初の10局は自分がだいぶ勝ち越したんです。その後、実力は抜かされたのですが、タイトルを獲ったのは自分が先でした。だから藤井さんにも公式戦で結果が出ない時期があったという理屈になる。それを私は「充電期間」と言ってます。20年の春にコロナの影響で対局が止まり、再開されると藤井さんの実力が爆発しました。初タイトル獲得もその時でしたよね。充電したものを外に出す術を自粛期間に身につけたのでしょうね。
杉本:最初の緊急事態宣言の時は、藤井竜王は学校も対局もなくて家にいるしかなかった。本人も「自分の将棋を見つめ直した」と言っていた。あの時期にグンと伸びたのは間違いないと思います。