今も夜間の外出禁止が続き、空襲警報が鳴り響くなか、怯えながらも明日の平和を信じて前を向く多くの人々がいる。長期化するロシアによるウクライナ侵攻を、現地で取材を続けるノンフィクションライター・水谷竹秀氏が戦禍の街を伝える。
* * *
戦火のウクライナに入ったのは3月末、ちょうどロシア軍が首都キーウ近郊から撤退し始めた時期だった。ポーランドを経由したため、まず西部の都市リヴィウでウクライナ軍兵士の葬儀を取材した。墓地で泣き崩れる妻の姿が思い出されるが、その記憶が随分昔のように感じられるのは、これまでの日々が非日常的で、濃密だったからだろう。
キーウ近郊にある“虐殺の町”ブチャでは、道端に転がる頭部のない遺体に遭遇し、夫を射殺された妻の嘆き声に耳を傾けた。空爆されたボロディアンカでは、アパートが黒こげになり倒壊し、瓦礫の下から約40人の遺体が見つかった。それらの現場を目の当たりにするたび、戦争の恐ろしさもさることながら、自国を守ろうとする人々の信念や逞しさに心を揺さぶられた。
キーウでは今も警報が鳴り響く。夜間外出禁止令も継続中だ。それでも日中は人々の姿が増え始め、日常を取り戻しつつある。
一方でウクライナ東部は現在も激しい戦闘が続き、街にはミサイルが飛び交う。5月9日の戦勝記念日でプーチン大統領は“戦争宣言”こそしなかったものの、「我々はいまだドンバスのために、ロシアの安全のために戦っている」と強調、状況は依然として予断を許さない。
「Slava Ukraini!(ウクライナに栄光あれ!)」。取材中、何度も口にした合言葉が今も耳に響く。
【プロフィール】
水谷竹秀(みずたに・たけひで)/1975年生まれ。上智大学外国語学部卒業。2011年『日本を捨てた男たち』で開高健ノンフィクション賞を受賞。現在ウクライナで取材中。
※週刊ポスト2022年5月27日号