東京都の台東区と荒川区にまたがる山谷地区は、大阪の釜ヶ崎、横浜寿町と並ぶ日本三大寄せ場のひとつだ。この地に多く建つドヤ(簡易宿所)には、新型コロナの防疫上、様々な困難が集中していた。この街を10年以上取材し、新著『マイホーム山谷』を上梓した介護ジャーナリスト・末並俊司氏がレポートする。【前後編の前編】
* * *
ゴールデンウィーク真っただ中の5月3日、東京のドヤ街・山谷の中心部にある簡易宿所「ホテル白根」を切り盛りする女将・豊田弘子さん(65)の兄・達夫さん(73)が新型コロナウイルスに感染していることが判明した。
JR南千住駅から歩いて数分。ホテル白根は、この地に多くあるドヤのひとつだ。部屋数は35室。地上4階建てで、3階までが宿、最上階に豊田さんたち家族が寝起きしている。感染した兄・達夫さんもデイサービスに通いながら4階に暮らしていた。
ドヤは各部屋3畳一間。各階に共同のトイレがあり、1階にある風呂場を時間指定で使い分ける。また、1階に共用のガスコンロや電子レンジ、オーブントースターなども設置され、各々が自由に使うことができる。料金は一泊2300円で、宿泊客の多くが生活保護を受給しながらの長期滞在者だ。
その8割が65歳以上の高齢者で、基礎疾患を持つ人も多い。風呂やトイレを共用し、個室が狭い廊下を挟んでズラリと並ぶ密閉密接の状態。ドヤは防疫面では悪条件だらけの環境である。
ホテル白根では2021年3月からこれまでに、達夫さんを含め3人の陽性者が確認された。しかし女将たちスタッフの努力の甲斐もあり、クラスターの発生は防いでいる。ドヤ内での感染対策の現場を追った。
ゴミ袋で手製ゾーニング
日雇い労働者の送り出し元として高度経済成長を底から支えた山谷だが、好景気が過ぎ、バブルが弾けると日雇い労働者の仕事は激減した。行き場を失った労働者は山谷にとどまり、ここで年を取った。路上生活を余儀なくされる人も多く、今では「福祉の街」としての性格を強めている。
ホテル白根にもかつて日雇い労働者として働いた人が多く住んでいる。ここで初めてのコロナ感染者が出たのは2021年3月のことだった。