北朝鮮で新型コロナが急拡大している。5月18日には新たに26万人の発熱者が確認され、4月末からの累計発熱者は197万8200人、死者は63人となった。
「PCR検査が整備されていない北朝鮮では、正確な感染者数を把握しきれず、『発熱者』という言葉を使っています」(在韓ジャーナリスト)
これまで金正恩政権は「コロナ清浄国」を謳い、感染者ゼロをアピールしてきた。ここにきて感染拡大を公表したのはなぜか。朝鮮半島情勢に精通する大韓金融新聞東京支局長の金賢氏が語る。
「過去にも感染が疑われる事例はありましたが、当該者を徹底的に隔離して“隠蔽”してきたのが実態です。ただ、今回は数が多すぎるのと、感染者の動線が指導部と近すぎたのが問題でした。
金正恩は5月1日に人民軍の閲兵式に参加し、平壌市内の大学生らと写真撮影に臨んでおり、その学生のなかからも複数の発熱者が出た。このまま隠蔽を続けるのは限界だと判断したのでしょう。また公表して国際社会から支援を受けることで、ゼロコロナからウィズコロナに転換する目的もあったのではないか」
北朝鮮は国民のワクチン接種率がゼロと言われており、中央日報(5月16日)は今後死者が10万人を超えるという専門家の見立てを紹介している。
「現在、北朝鮮は田植えの時期です。機械化が遅れ、人の手に頼る北朝鮮の農業で感染拡大による人手不足は生産量の減少に直結する。対策を誤れば食料危機が加速する可能性がある」(金氏)
未曾有のパンデミックに収束の見通しは立っていない。5月15日には医薬品が国民に届いていない現状について、金正恩は自身の常備薬を提供すると同時に、「保健当局を叱責した」と朝鮮中央通信が報じた。また「防疫部門は無能」と幹部を糾弾したとの報道もある。
こうした金正恩の言動に党幹部が震え上がっているというのは、別の在韓ジャーナリストだ。
「2020年8月、咸鏡北道の穏城郡で中国への脱北者が秘密裏に再入国した事件で、防疫ルールを破ったとして国境警備隊や保衛指導員らが処刑されました。当時はコロナ対策で中朝国境を封鎖しており、感染拡大を招く重罪とされたのです。彼らは数百発の銃弾を浴び、人体の原形を留めないほどだったと言われています。
しかもこの処刑は当該地域を管轄する幹部らに公開され、あまりの光景に気絶する人が続出したとも。今回の感染拡大でも、不手際が発覚すれば責任者が処刑される可能性は否定できません」
金正恩政権では、コロナより粛清の方が恐ろしいようだ。
※週刊ポスト2022年6月3日号