【書評】『君は「七人の侍」を見たか?』/西村雄一郎・著/ヒカルランド/2200円
【評者】川本三郎(評論家)
黒澤明についてはすでに何冊もの本が書かれていて、正直なところ新鮮味はないが、本書は黒澤明研究の第一人者の本だけにさすがにひと味違う。入門書の形を取っているだけに黒澤映画の魅力を多方面から端的に語っている。
例えばまず、黒澤映画の妙は音楽の使い方にあるという。いわゆる対位法。悲しい場面に悲しい音楽を流すのではなく、逆に楽しい音楽を入れる。「野良犬」の後半、刑事の三船敏郎が犯人の木村功を捕える格闘の場面で、郊外住宅の主婦がピアノで弾く「ソナチネ」が流れてくる。激しさと静けさのみごとな対比がドラマを盛り上げる。名著『黒澤明 音と映像』の著者だけに音楽への着目が鋭い。
さらに音。「椿三十郎」で殺陣にブスッといった人を斬る時に発する斬殺音を入れたのは画期的で、その後の時代劇から劇画にまで大きな影響を与えた。さらに圧巻は黒澤映画における能の影響を論じたところ。黒澤は日本の古典芸能のなかで能にもっとも関心を持っていて、それを随所に取り入れた。「蜘蛛巣城」の三船敏郎には能特有のすり足で歩くことを、また山田五十鈴には能面のように表情を動かさないことを要求した。
それだけではない。「影武者」では能の基本であるリズム、序破急を映画のリズムにした。黒澤が能に強く影響を受けたと気づいた著者が、黒澤を理解するためにカルチャー・センターに通って能の勉強したとは敬服。そこから同じように能が重要になる小津安二郎の「晩春」と比較する論は目からウロコ。
黒澤明をはじめ、黒澤を師と仰ぐ熊井啓監督、助監督をつとめた堀川弘通監督、脚本家の橋本忍、作曲家の佐藤勝らにきちんとインタビューして貴重な話を聞いているのも深みを増している。「七人の侍」の宮口精二と親しくなったとは羨しい。これだけ黒澤作品を愛する批評家がインタビューに来たら誰もが嬉しいだろう。
※週刊ポスト2022年6月10・17日号