大河ドラマをはじめ、歴史ドラマでは合戦や移動のシーンで馬の存在は欠かせない。これが演出や俳優の意のままに動いて、初めて成り立つ。では、そうした撮影用の馬たちはどのようにして育てられているのだろうか──。映画史・時代劇研究家の春日太一氏が、現在放送中の『鎌倉殿の13人』も含め、多くの映像作品で馬術指導を担当してきたラングラーランチの田中光法氏に話を聞く。
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田中:まずは、徹底して人間との信頼関係をつくっていくんです。馬だって怖いものは怖いんです。
撮影現場って馬にとっては怖いものばかりなんですよ。大きな照明はありますし、人は大勢いるし。鎧武者はいる、旗はびらびらしている。槍を持った人間は襲ってくるし、大きい声を出されるし、体の上で刀を振り回されるし。
それは馬にとって本当に怖い。馬は草食動物で攻撃性があまりない動物なんです。ですから、乗馬クラブの敷地内にいる分には落ち着いているのですが、知らないロケ現場にいきなり連れて行って、同じことをするのは実は難しい。信頼関係をちゃんと築いておけば、他へ行っても馬は安心していられるわけです。
──その段階にまで、馬を育てあげていくわけですね。
田中:ものすごく時間をかけます。しかも、馬も人間同様、同じ育て方をしても同じように育つわけではありません。ですから、「待ってあげる調教」もとても大事にしています。馬が理解するまで待ってあげる。そして段階を踏んで育てていきます。
──水泳やピアノなど、子どもの習い事に似ていますね。
田中:人間の教育と一緒だと思うんです。詰め込む方式だと、どうしてもストレスを感じる。子どもはストレスがつらくなる。馬も同じです。一回でも「怖い」と思ったら、それがトラウマになってしまう。だから人間との信頼関係が必要なんです。
人間が刀を振っていても「あれで自分が痛いことをされることはない」と、馬が思えているから怖がらないんです。爆破もそうです。信頼する人がそばにいてくれているから馬自身は安心しきっている。普通の平常心でいられる。とにかくそこを徹底しています。
そうして演技ができるようになった馬を「役馬」と呼んでいます。