犯罪を描く上で、フィクションとノンフィクションにはどんな違いがあるのか。犯罪小説の名手である道尾秀介氏と、犯罪ノンフィクションの気鋭、高橋ユキ氏が特別対談。高橋氏が脱走犯たちを取材した新刊『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』(小学館新書)を題材に作品論を語り合った。【前後編の後編。前編から読む】
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道尾:しかし、今回読ませていただいたこの本(『逃げるが勝ち』)の「リアル」は、「物語」がないどころか、めちゃくちゃ面白くてビックリしました。この本を読んだ人みんなが感じると思うんですけど、もしも小説で書いたら、読者の怒りを買いそうな出来事がたくさん出てくるじゃないですか。「なんだ、こんなリアリティのないものを書きやがって」と、クレームをつけられるような。
高橋:えっ!
道尾:例えば、大阪の警察署(富田林署)から脱走して、自転車で日本一周しようとした逃走犯は、その道中、職務質問までされたのに、どうしてバレずに逮捕もされなかったのか。本書に書かれている「リアルな理由」を、もし僕が小説で書いたなら、編集者とか校閲さんから赤字が入ると思います。「いくらなんでも警察が間抜けすぎでは?」とか。
高橋:でも現実には、いるんですよねえ。
道尾:「リアル」と「リアリティ」の違いは、本当に面白い。小説であまりに「リアル」を書いちゃうと、「リアリティ」を確保できないという。
高橋:ミステリー小説の場合は、登場人物たちのスペックが高いですよね。基本的には、犯人も警察もみんな真面目で頭がいい。
道尾:そうじゃないとトリックを仕掛けられないし、謎も解けなくなっちゃいます。
高橋:私も取材を始めたばかりの頃にはドラマチックな話を予想して現地に入りましたが、ぜんぜん違いました。ときにはプッと噴き出してしまうような、ドタバタ劇でしたね。
道尾:塀のない刑務所(松山刑務所大井造船作業場)から逃げ出し、島に潜伏した後、海を泳いで渡った逃走犯。読み終えたとき、実は泣いちゃったんですよ。もう本当に、取材力に感動しました。彼が潜伏していた町の人々が、ぜんぜん怖がっていないどころか、「あの子、どうしているかしら」と懐かしく振り返る。当時の報道だと、のどかな島を恐怖に陥れた脱走犯として描かれているわけですよね。こんな状況は、逆立ちしても小説家の頭からは出てきません。