放送作家、タレント、演芸評論家、そして立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫氏が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、「テレビを見始めた日からずっと味方」だというプロレスと、リングサイドで50年にわたって撮り続けられた写真集について綴る。
* * *
テレビが初めて我が家にやって来たその日からずっとずっと私は真っすぐな目でプロレスのリングを見続けて来た。団塊世代の男子はほとんどがプロレスラーの肉体を信じて生きてきた。力道山vs.木村の死闘から、金蹴りは命がけの痛さなのだと知ったし、豊登の腕パッコンに恐れおののき、遠藤幸吉のチョビヒゲに男のダンディズムを感じ、吉村道明の地味な仕事ぶりに職人という言葉を知り、ユセフ・トルコにインチキくささを学んだ。
若手三羽烏としてG馬場、A猪木、そして今は忘却の彼方……私は好きでした毛むくじゃらのマンモス鈴木。リングの上にも“力道山殿の13人”がいて群雄割拠。仲間割れ、裏切り、いろんなスリーパーホールドがあって馬場の「全日本プロレス」、猪木の「新日本プロレス」が今年50年。
50年というのはとんでもない数字ですよ。私も今、ラジオでキャンペーンをやってますが、ユーミンのデビュー50年ですよ。沖縄の本土復帰が50年、新宿タイガーと呼ばれているタイガーマスクの新聞配達が50年。『チャンピオン』を歌ったアリスが結成50年、バナナマンの日村も50歳になりました。私の大衆芸能生活50年は2年前、周りの誰からも無視されシカトされ何もしませんでした。
何しろ50年というのは凄い数字です。ちなみに『笑点』は先週56年を祝ってました。若き日からさんざん『笑点』の悪口を言って書いていた志らくが2週にわたってぎこちない笑顔で出るようになったのもSDGsのせいなの? よく分からないぐらいの時間の経過なのだ(その点談春はうちに鰹を届けたからえらい。数週前にこの連載で談春の『髪結新三』を誉めたからネ)。