【書評】『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』/小泉悠・著/PHP研究所/1760円
【書評】嵐山光三郎(作家)
『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)がベストセラーになった小泉悠氏が語るロシア人の謎。公務員への賄賂がビジネス化した社会で、徴兵逃れのため、医者に賄賂を払ってニセの診断書を書いて貰う。ロシア人の奥様とモスクワで暮らしていたころ(二〇〇九~一一年)の極秘話が、あれやこれやと出てくる。
ロシア・マフィアは刑務所に入るたびにタマネギ屋根(ロシア正教聖堂)の入れ墨をふやし、これが多いほど箔付け勲章となる。「ルールです」といわれると破りたくなる国民性。日本の生活用品が好きで、「町を歩くと突然話しかけてくる」。底なしの親切さがあり、日本びいきだ。
モスクワの地下鉄は地下八十四メートルで、エスカレーターのスピードが早すぎる。そんなエスカレーターでキスする恋人たち。防空壕としての地下鉄は核攻撃のときの避難所となる。
エストニアの首都タリンにあるKGB博物館。22階建てホテルの「存在しない23階」は、外国訪問者たちの会話を盗聴する部屋だ。コンクリートの壁、柱の中、コーヒーカップ皿にまでマイクが仕込まれていて、電波ですべてKGB盗聴室へ送られる。
そのくせ花好きで、町には24時間営業の花屋がある。すし屋、ラーメン屋、日本料理店、たこ焼き屋まである。日本製シャンプーや菓子が買える「ヤポーナチカ」という店がある。奥様と暮らしていたころのモスクワ地下鉄には犬が一緒に乗ってきた。
小泉氏のような軍事オタクが狂喜する軍事博物館「愛国者公園」は、戦車や戦闘機から大陸間弾道ミサイルがあり、これも写真入りで掲載。そこへやってきた北朝鮮の武官に足を踏まれた。香水の匂いがして、すかさず、「人民が苦しんでいるのに、こいつらいい生活をしているんだなあ」と嘆息する。モスクワで娘が生れたとき、病院の医師から賄賂を要求されて支払った。そんなことまでバラしちゃう「ロシア人の素顔」に踏み込んだ力作。
※週刊ポスト2022年6月24日号