ライフ

なぜ人はウソやフェイクに騙されるのか 脳科学者・中野信子氏が解説

中野信子氏

中野信子氏

 フェイクニュース、マルチ商法、振り込め詐欺など、日常生活において、ウソやニセにまつわるニュースが溢れている。そうした事件やエピソードを目にするたび、「なぜあのようなウソに騙されてしまうのか理解できない」と疑問を感じる人が多いのではないだろうか。しかし、『フェイク~ウソ、ニセに惑わされる人たちへ』(小学館刊)を上梓した脳科学者の中野信子氏は、ウソやフェイクを心地よく美しく感じてしまうのが我々人間の脳の性質であり、「自分は騙されない自信がある」という人は逆に騙されやすい傾向があると指摘している。著者の中野さんに話を聞いた。

 * * *
──なぜ私たちはウソやフェイクに騙されてしまうのでしょうか。

 中野:人間の脳は、論理的に正しいものより、認知的に脳への負荷が低い、つまり分かりやすいものを好むという性質をもっています。 脳は一言で言うと怠け者です。思考のプロセスでもできるだけリソースを使わないようにして、消費するエネルギーを節約しようとしています。

 というのも脳は、酸素の消費量が人間の臓器の中で最も多く、その占める割合は、身体全体で消費する酸素量のおよそ4分の1です。ですから、基本的にあまり働かないように、つまり思考しないようにして脳の活動を効率化し、酸素の消費を抑えようとするのです。

 例えば脳は「処理流暢性が高い情報」を好みます。「処理流暢性が高い情報」とは、「簡単で分かりやすい情報」です。膨大・複雑でなく、整理されていて、一目瞭然、つまり考えなくて済む、脳が働かなくてよいということです。テレビの映像や、短く整理されたWebの「まとめニュース」などは、処理流暢性の高い情報です。どんなに正しい情報でも、冗長で複雑、処理流暢性が低いと、「何だろう? どういうことなのだろう?」と距離をとって考えますが、逆に多少自分の意思とはずれていても、短く分かりやすい言葉でズバリと言われると、「なるほど」と肯定してしまう。間違った情報だとしても、短いセンテンスでズバッと言うと、耳目に入りやすく納得してしまう。これは処理流暢性が高く、シンプルで理解しやすい情報に対し、脳に「好感」が生じている現象です。 

  つまり私たちは意外なほどウソに弱くできているのです。論理は強力なものではありますが、その運用には脳をそれなりに頑張って使わなければならないという罠があるのです。いずれにせよ、「脳は騙されたがっている」という性質があることは忘れずにいたほうがよいでしょう。

ウソは生き抜くために必要不可欠なもの

──私たちはウソやフェイクに騙され続けるしかないのでしょうか。

中野:信頼している人が自分にウソをついたことが分かると私たちは深く傷つき、悩み、相手とそして時には自分自身を責めてしまいます。

 しかし、自分自身も数えきれないほどのウソをついているはずです。誠実であることを求められる一方で、私たちは自分たちが周囲から期待されている役割を演じ、その場にふさわしいウソをつき社会生活を送っています。お世辞や謙遜もウソと言えばウソかもしれません。けれども、ちょっとしたお世辞や謙遜もできなければ、何ともギスギスした会話になってしまうでしょう。実はこうした思いやりのウソ、礼儀としてのウソによって、人間関係が成り立っているのです。

 つまり「ウソは、人が他人と一緒に生き抜くために必要不可欠なもの」ということになるのではないでしょうか。もしウソが人間にとって本当に「よくないこと」「不要なもの」であったのならば、この能力はとっくに退化して消失していることでしょう。人間はむしろ積極的に、ポジティブにウソを利用しながら、集団を保持し、人間関係を構築してきたとも言えるのです。

 ウソという概念を完全に否定し排除するのではなく、何のためにウソをつくのか、なぜ騙されてしまうのかをよく考察する。そして有益なウソと悪意のウソがあるということを知り、ウソに対する目利きができるようになれば、ウソの手口を理解し、ウソに騙されるリスクヘッジができるようになると思います。

 

ビジネスマン

ビジネスにおいてはダブルスタンダートも存在(イメージカット)

──組織ぐるみのウソいわゆる不正も後を絶ちません。

中野:企業の不正がなぜなくならないのかと言えば、共同体によってそれぞれの基準がある以上、片方から見れば不正であり、片方から見ると不正ではないという事象が生じてしまうからです。コンプライアンスやガバナンスといった言葉が言われて久しく、どの企業も、その法令遵守、企業統治の徹底に尽力していても、今なお企業による不正=ウソの事件が絶えないのはこうしたダブルスタンダードが存在するからでしょう。

 そして残念ながら人間は基準が変わっても、その間を行ったり来たりできるようにつくられているのです。究極的な例を挙げると、戦場では人を殺すことが正義である。けれども平時においては、人を殺すことは許されない。そんなダブルスタンダード、トリプルスタンダードでも生きていけるようにつくられているのです。だから不正をなくすことは非常に困難なのです。

 企業の中では、ウソをつくことが推奨される場面もあります。けれども、ウソをつくことが禁じられている場面もあります。どちらにも適応できるというのは、実は組織人としての資質の一つとされてきた部分があるのでしょう。

 だからこそ企業の不正を防ぐためには、「不正をなくす」というスローガンを掲げるだけでなく、社内にどのようなダブルスタンダードが存在するのか、その背景を含め把握する必要があるでしょう。

メタ認知が弱いと騙されやすい

──本質的に騙されやすい人と、そうではない人との違いは何でしょう。

中野:大きな違いの一つは、騙されやすい人は「メタ認知」が弱いことです。メタ認知とは、「自分を俯瞰して見ること」です。「自分が認知していることを、客観的に認知すること」でもあります。

 そもそも騙されないためには、「(自分を含めて)騙されない人間はいない」と思うことが大切で、これも「メタ認知」です。もし「自分だけは騙されない」と信じて疑わない人は、メタ認知が弱く、逆に騙されやすい傾向があると言えるでしょう。

 メタ認知能力を高めるためには、まず、普段から自分を内観し、記録することをお勧めします。例えば日記をつけたり、メモをとったりするのもよいでしょう。自分の行動と、そのときどのように感じたのかをなるべく盛らずにありのまま記録するのです。重要なのは、たびたびその記録を読み返すことです。繰り返すことで、自分の性格や行動パターンが見えてくるでしょう。

 すると、自分は正直者であり、なおかつ騙されにくいと思っていたのに、自分が意外にたくさんのウソをついていて、しかも、コロリと騙されやすい側面があったなどの気付きを得られるはずです。必要なのは、「人はウソをついてしまうものなのだ」、そして「騙されやすいものなのだ」と認めることです。

 そしてそのウソがどんな性質をもち、何のためにつくウソなのか? 悪意のあるものとやむを得ないこと、思いやりのあるものとの違いを見極めつつ、うまく付き合っていくスキル・知恵こそ今の時代に求められるのではないでしょうか。

関連記事

トピックス

交際が報じられた赤西仁と広瀬アリス
《赤西仁と広瀬アリスの海外デートを目撃》黒木メイサと5年間暮らした「ハワイ」で過ごす2人の“本気度”
NEWSポストセブン
世界選手権東京大会を観戦される佳子さまと悠仁さま(2025年9月16日、写真/時事通信フォト)
《世界陸上観戦でもご着用》佳子さま、お気に入りの水玉ワンピースの着回し術 青ジャケットとの合わせも定番
NEWSポストセブン
秋場所
「こんなことは初めてです…」秋場所の西花道に「溜席の着物美人」が登場! 薄手の着物になった理由は厳しい暑さと本人が明かす「汗が止まりませんでした」
NEWSポストセブン
身長145cmと小柄ながら圧倒的な存在感を放つ岸みゆ
【身長145cmのグラビアスター】#ババババンビ・岸みゆ「白黒プレゼントページでデビュー」から「ファースト写真集重版」までの成功物語
NEWSポストセブン
『徹子の部屋』に月そ出演した藤井風(右・Xより)
《急接近》黒柳徹子が歌手・藤井風を招待した“行きつけ高級イタリアン”「40年交際したフランス人ピアニストとの共通点」
NEWSポストセブン
和紙で作られたイヤリングをお召しに(2025年9月14日、撮影/JMPA)
《スカートは9万9000円》佳子さま、セットアップをバラした見事な“着回しコーデ” 2日連続で2000円台の地元産イヤリングもお召しに 
NEWSポストセブン
高校時代の青木被告(集合写真)
《長野立てこもり4人殺害事件初公判》「部屋に盗聴器が仕掛けられ、いつでも悪口が聞こえてくる……」被告が語っていた事件前の“妄想”と父親の“悔恨”
NEWSポストセブン
世界的アスリートを狙った強盗事件が相次いでいる(時事通信フォト)
《イチロー氏も自宅侵入被害、弓子夫人が危機一髪》妻の真美子さんを強盗から守りたい…「自宅で撮った写真」に見える大谷翔平の“徹底的な”SNS危機管理と自宅警備体制
NEWSポストセブン
鳥取県を訪問された佳子さま(2025年9月13日、撮影/JMPA)
佳子さま、鳥取県ご訪問でピンクコーデをご披露 2000円の「七宝焼イヤリング」からうかがえる“お気持ち”
NEWSポストセブン
長崎県へ訪問された天皇ご一家(2025年9月12日、撮影/JMPA)
《長崎ご訪問》雅子さまと愛子さまの“母娘リンクコーデ” パイピングジャケットやペールブルーのセットアップに共通点もおふたりが見せた着こなしの“違い”
NEWSポストセブン
ウクライナ出身の女性イリーナ・ザルツカさん(23)がナイフで切りつけられて亡くなった(Instagramより)
《監視カメラが捉えた残忍な犯行》「刺された後、手で顔を覆い倒れた」戦火から逃れたウクライナ女性(23)米・無差別刺殺事件、トランプ大統領は「死刑以外の選択肢はない」
NEWSポストセブン
国民に笑いを届け続けた稀代のコント師・志村けんさん(共同通信)
《恋人との密会や空き巣被害も》「売物件」となった志村けんさんの3億円豪邸…高級時計や指輪、トロフィーは無造作に置かれていたのに「金庫にあった大切なモノ」
NEWSポストセブン