黒田東彦・日銀総裁が、講演(6月6日)で「家計が値上げを受け入れている」と発言したことで窮地に追い込まれている。同発言は物価高騰に苦しむ国民の怒りを呼び起こし、SNS上では「#値上げ受け入れてません」がトレンド入り、黒田氏は国会に呼ばれ、「誤解を招いた表現で申し訳ない」と謝罪して発言撤回に追い込まれた。
これを受けて官邸も黒田氏の事実上の“解任”に向けてひそかに動き出した。安倍─菅政権時代の経済路線を転換して自前の経済政策を進めたい岸田文雄・首相とそれを後押ししている財務省は、アベノミクスの象徴ともいえる黒田氏の“失言”をチャンスと捉えている。
ロシアのウクライナ侵攻で世界的にインフレが一段と進み、各国の中央銀行は一斉に金融引き締めに転じたが、世界で黒田日銀だけがバズーカ路線を変えようとはしない。そのため円安が行き過ぎて弊害が大きくなってきたからだ。
「総理が金融緩和路線を“黙認”しているのは参院選まで。選挙が終われば、いよいよ金融引き締めに転換していくつもりだ。あの発言で政府の言うことを聞かない黒田総裁を締め付ける格好の材料ができた」(岸田側近)
早速、官邸は財務省を動かして日銀に注文をつけた。黒田発言から4日後の6月10日、財務省は日銀、金融庁による臨時の3者会合を開き、「最近の為替市場では、急速な円安の進行が見られ、憂慮している」という声明を異例の文書で発表。「揺るぎない姿勢で金融緩和を続ける」という黒田氏の言葉で急激に進んだ円安にブレーキを踏んだ。
「これまで大先輩の黒田総裁に遠慮していた財務省が日銀の円安、インフレ容認路線に、公然と“待った”をかけた。このことは官邸・財務省ラインが黒田さんに戦いを挑んだことを意味する」(財務省関係者)
天王山とみられているのは7月20日の金融政策決定会合だ。岸田内閣は国会同意人事で7月に任期が切れる2人の日銀審議委員の1人に財務省に近い“金融緩和慎重派”のエコノミストを指名した。これによって日銀政策決定会合の勢力は黒田路線支持派(4人)と慎重派(5人)が逆転することになる。
ただし、新任の日銀審議委員の就任は7月22日付、その2日前に開かれる7月会合ではまだ勢力は現状の黒田支持派が優位のままで、金融政策の転換は審議委員交代後の9月の政策決定会合になるとみられていた。