【書評】『希望の教室』/ジェーン・グドール、ダグラス・エイブラムス 著岩田佳代子・訳/海と月社/1760円
【評者】香山リカ(精神科医)
ジェーン・グドール。今年88歳になった女性動物学者だ。アフリカでの研究生活が長く、チンパンジーとすごす姿は何度もテレビのドキュメンタリーなどで紹介されている。本書はコロナが猛威を振るう中、人間と動物、環境、地球を守るためにグドール博士が発した言葉で構成されている。
そう聞くと、「立派な人だな。でも私には無縁だ」と思う人が多いのではないだろうか。でも、本当にそれでいいのか。「貧困をなくそう」「政治家らの汚職を一掃しよう」「環境問題に目を向けよう」というグドール博士の主張は一見、実現不能な理想論のようだが、コロナ禍に続きウクライナ侵攻が勃発したいま、私たちが再び立ち返るべきはこういった理想論、正論なのではないだろうか。
アフリカの森林で女性が野生動物の研究を行う、という想像するだけで困難がいっぱいの人生を楽しそうに生き抜いてきたグドール博士は、インタビューにこたえて希望にあふれたポジティブな言葉を口にし続ける。「わたしたちは状況を好転させられる。わたしは心底そう信じている」「他者を助けることは、自分自身の癒しにもプラスにもなるのよ」「不屈の精神力自体は、いつだってみんなの中にある。でも、何も起こらないうちは、なかなか呼び起こされないのよ」。
そしてグドール博士は、未来を生きる若者に必要なのは、愛情とお手本としての生き方を示すロールモデルだという。たしかに「この人のように生きてみたい」という具体的な人間を見つけることができれば、若者は生きる希望を抱きながら進むことができる。もし、あなたにまだ進路を決めていない子どもや孫がいるならば、本書をそっとわたしてみてはどうだろう。人を信じ自然を信じ、前向きに歩み続けてきたグドール博士ほどのロールモデルはないからだ。
きれいごとじゃ、世の中、変わらないよ。そうつぶやくのにもそろそろ飽きた人にこそ、ぜひ開いてもらいたい一冊だ。あふれる“正論”に心が洗われることだろう。
※週刊ポスト2022年7月1日号