毎日、新型コロナウイルス(COVID-19)の新規感染者数が発表されるが、その数字が特別、気にならないくらい状況が落ち着いてきた。いつでもどこでも消毒やマスクに気を配る生活も一段落して、人が集まるショッピングモールや行楽地へ出かけやすくなった。だが、コロナ感染に対しては今も対処療法しかないのが現実だし、新規感染が消えたわけではない。ライターの森鷹久氏が、いまは愚痴をこぼすのも難しくなった医療従事者たちの厳しい現実についてレポートする。
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新型コロナウイルスの新規感染者数は長らく減少傾向にあり、多くの場面で「かつての日常」が取り戻されつつある。プロスポーツ観戦も全座席が販売され鳴り物応援も解禁、学校では子どもたちがマスク無しでスポーツに励んだり、久しぶりの家族旅行を計画する人も少なくない。休日のショッピングモールや行楽地は人で溢れかえっている。以前の日常を取り戻しつつあることに皆が心を躍らせているが、そんな中で、まるで世間から存在を忘れ去られたような人たちがいる。
「医療従事者にエールをと、テレビや新聞が報じて、私の仕事を知る人から感謝の言葉をいただくこともありました。それはそれで嬉しかったのですが、それも遠い過去のように思えます」
都内の総合病院に勤務する看護師・井田香苗さん(仮名・30代)は、2020年春からずっと、コロナ感染者の対応に忙殺されてきた。感染者が激増した際には、病院が急きょ開設したコロナ専用病棟に移り、2週間休みなしの連続の勤務を強いられたこともあった。家族と同居しているため、夫や子供、そして夫の両親に感染させる可能性がある、また、家族から感染させられ仕事ができなくなる懸念がある、という理由で自宅に戻れず、ホテルと病院を行き来するだけの辛い時期を過ごさざるを得なかった。
「医療従事者の過酷な状況はテレビでも報じられ、病院には激励の電話がかかってきたり、手紙が届けられたり、現金が送られてくることもありました。これほどまでに必要とされていたのかと、医療に携わるものとして本当に誇らしかったし、心身ボロボロでしたが、何とか乗り越えられた」(井田さん)
そして時が経ち、新規感染者数が減ってくるとコロナ専用病棟は閉鎖され、井田さんたちの勤務状況はいくらかマシになった。自宅にも帰れるようになったし、以前と比較すると人間らしい生活を送れるようにもなった。しかし、いくら新規感染者数が減ったところで、医療従事者としての立場は変わらない。
「今でも、私たちが感染してしまえば大変なことになるのに変わりはありません。だから、皆さんのように気軽に遊びに行ったりできないし、ずっと我慢は続いているんです。なのに、テレビも新聞も『元の生活が戻ってきた』とお祭り騒ぎ。そんななかで、飲み会に行ったり遊びに行ったことが原因で感染した、という患者を相手にしていると、医療従事者だという意識を忘れるくらい、怒りや情けなさ、悲しさが込み上げてくるんです」(井田さん)
特に辛いのは、子供の学校行事などにも参加できないこと。勤務先の病院から強制されているわけではなく、事前に検査を行なっていればそうした行事にも参加できるのだが、同じ病院の関係者はみな「自粛」。コロナ患者と今も対峙し続けていることを知るママ友や子供の友達からは、距離を置かれていると感じ、行きづらいのだ。
「当時も敬遠はされていましたが、表向きには、立派だ頑張れと声をかけられていました。ですが今は……。子供を旅行どころか日帰りで行楽地へ連れて行くのもできずにいるので、仕事をやめてほしいと言われたことも。あまりにも悲しすぎます」(井田さん)