ライフ

寺地はるな氏インタビュー “カレーの小説”が生まれた経緯と描いた光景

寺地はるな氏が新作について語る

寺地はるな氏が新作について語る

【著者インタビュー】寺地はるな氏/『カレーの時間』/実業之日本社/1760円

 粉物の街・大阪はその実、結構なカレーの街でもある。

「そうなんです。スパイスカレーが独自の進化を遂げていたり、ハウス食品や大塚食品の本社があったり、この小説にはピッタリでした」

 大阪に住んで14年、寺地はるな著『カレーの時間』である。レトルトカレーを日本で何番目かに発売した〈ピース食品〉の営業マンだった祖父、〈小山田義景〉83歳と、その三女の息子で、祖父の同居人に指名された主人公、〈佐野桐矢〉25歳。世代も価値観も違う2人がカレーを囲む時間だけは心を通わせる、嘘まやかしの一切ない光景を、寺地氏は些末な会話やユーモアや毒の積み重ねの中に丁寧に描出してゆく。

 帯に〈僕の祖父には、秘密があった〉とあるが、その秘密が家族に100%明かされることは最後までない。人とは、人知れない過去や傷を抱え、答え合わせもないまま死んでいく、ネタバレし得ない生き物らしい。

「元々は『大阪の話を』というお題と、〈『男らしさ』が美徳だった時代はもう終わりました〉という台詞が頭にあっただけでした。そこから、何もかもが対照的な祖父と孫が、わかり合えなくても共鳴できる瞬間があるといいねという話を編集者として。それなら食べる時だよなということで、みんなが好きであろうカレーの小説になりました(笑)」

 桐矢視点の現在と交互に語られる義景の生い立ちは、自身の父とも重なるという。

「昭和12年生まれの父からよく聞かされたのが、常にお腹が空いていた話で、お前は飢えを知らないからとかいう理由で、私のご飯まで抜きたがるんです(笑)。何かこう、食への執着というか、違う感覚があるんだなあとは思っていました」

 戦後まもない頃、空腹のあまり橋の下に住む流れ者の雑嚢を狙い、逆に缶詰を分け与えられた当時10歳の義景が、〈こんどはお前が腹を空かした子どもに飯を食わせてやれ〉と、男と約束を交わす冒頭の場面がいい。義景はその約束に一生をかけて報いたともいえるが、三人の娘と女孫たち、そして唯一の男孫・桐矢も、そんな事情は知る由もない。

 娘が生まれる度に〈また女か〉と失望し、心臓病で一人暮らしが難しくなった今なお、〈女は月経があるから機嫌がコロコロ変わりよる〉〈女と暮らすのはこりごりや〉と暴言を吐く祖父を桐矢はそもそも避けてきた。

 その祖父に〈桐矢とやったら一緒に住んでもええ〉と言われ、生贄にされた彼は、〈なぜ既存の男らしさとやらを踏襲しなければならないんでしょうか〉と考える今時の20代だ。潔癖で優柔不断で失敗を過剰に恐れる一方、性差やルッキズムの問題には柔軟でフラットな考えを持ち、〈男同士だから。そんな理由で通じ合えるなら、戦争なんか起こらない〉とは、まさに至言だろう。

「私は桐矢を軟弱どころか、むしろしっかりした考えの持ち主として描いていて、自分が20代の頃に比べたら、よほど物を考えてますよね。

 そもそも高度成長の只中を生きた義景と令和を生きる桐矢の違いは時代性も大きくて、人間はその価値観を自ら選び取ったというより、時代や文化の影響で自然とそうなったという方が正確だと思う。仮に過去を全て語ったとしても完全にわかり合えるはずもなく、でも人と人ってそういうものだしな、という感じです」

関連記事

トピックス

被害者の手柄さんの中学時代の卒業アルバム、
「『犯罪に関わっているかもしれない』と警察から電話が…」谷内寛幸容疑者(24)が起こしていた過去の“警察沙汰トラブル”【さいたま市・15歳女子高校生刺殺事件】
NEWSポストセブン
NHKの牛田茉友アナウンサー(HPより)
千葉選挙区に続き…NHKから女性記者・アナ流出で上層部困惑 『日曜討論』牛田茉友アナが国民民主から参院選出馬の情報、“首都決戦”の隠し玉に
NEWSポストセブン
豊昇龍(撮影/JMPA)
師匠・立浪親方が語る横綱・豊昇龍「タトゥー男とどんちゃん騒ぎ」報道の真相 「相手が反社でないことは確認済み」「親しい後援者との二次会で感謝の気持ち示したのだろう」
NEWSポストセブン
フジテレビの取締役候補となった元フジ女性アナの坂野尚子(坂野尚子のXより)
《フジテレビ大株主の米ファンドが指名》取締役候補となった元フジ女性アナの“華麗なる経歴” 退社後MBA取得、国内外でネイルサロンを手がけるヤリ手経営者に
NEWSポストセブン
「日本国際賞」の授賞式に出席された天皇皇后両陛下 (2025年4月、撮影/JMPA)
《精力的なご公務が続く》皇后雅子さまが見せられた晴れやかな笑顔 お気に入りカラーのブルーのドレスで華やかに
NEWSポストセブン
2024年末、福岡県北九州市のファストフード店で中学生2人を殺傷したとして平原政徳容疑者が逮捕された(時事通信フォト)
《「心神喪失」の可能性》ファストフード中学生2人殺傷 容疑者は“野に放たれる”のか もし不起訴でも「医療観察精度の対象、入院したら18か月が標準」 弁護士が解説する“その後”
NEWSポストセブン
被害者の手柄さんの中学時代の卒業アルバムと住所・職業不詳の谷内寛幸容疑(右・時事通信フォト)
〈15歳・女子高生刺殺〉24歳容疑者の生い立ち「実家で大きめのボヤ騒ぎが起きて…」「亡くなった母親を見舞う姿も見ていない」一家バラバラで「孤独な少年時代」 
NEWSポストセブン
6月にブラジルを訪問する予定の佳子さま(2025年3月、東京・千代田区。撮影/JMPA) 
佳子さま、6月のブラジル訪問で異例の「メイド募集」 現地領事館が短期採用の臨時職員を募集、“佳子さまのための増員”か 
女性セブン
〈トイレがわかりにくい〉という不満が噴出されていることがわかった(読者提供)
《大阪・関西万博》「おせーよ、誰もいねーのかよ!」「『ピーピー』音が鳴っていて…」“トイレわかりにくいトラブル”を実体験した来場者が告白【トラブル写真】
NEWSポストセブン
運転席に座る広末涼子容疑者
《広末涼子が釈放》「グシャグシャジープの持ち主」だった“自称マネージャー”の意向は? 「処罰は望んでいなんじゃないか」との指摘も 「骨折して重傷」の現在
NEWSポストセブン
大阪・関西万博が開幕し、来場者でにぎわう会場
《大阪・関西万博“炎上スポット”のリアル》大屋根リング、大行列、未完成パビリオン…来場者が明かした賛&否 3850円えきそばには「写真と違う」と不満も
NEWSポストセブン
真美子さんと大谷(AP/アフロ、日刊スポーツ/アフロ)
《大谷翔平が見せる妻への気遣い》妊娠中の真美子さんが「ロングスカート」「ゆったりパンツ」を封印して取り入れた“新ファッション”
NEWSポストセブン