1970年代に青春を過ごしたかつての若者たちのなかには、シンガー・ソングライターの吉田拓郎(76)から大きな影響を受けた人も多い。“引退宣言”を受けて、大人になった彼らが当時を振り返る──。
『自虐の詩』『空気人形』などで知られる漫画家・業田良家氏(63)にとっての1曲は、ライブアルバム『たくろうオン・ステージ第二集』(1972年)に収録されている『準ちゃんが吉田拓郎に与えた偉大なる影響』だ。
「シングルカットはされていなくて、ファン以外にはあまり馴染みのない曲だと思います。中学当時は学校に行けば拓郎さんの話題ばかりで、急にギターを弾き始めるヤツが多かったのですが、この曲は周りの連中にもあまり知られていなかった。
ボブ・ディランの『ハッティ・キャロルの寂しい死』のメロディにのせて、高校時代に片思いしていた女性について歌うラブソングです。でも準ちゃんには恋人がいて、恋は成就しない。それでも拓郎さんは赤裸々な自分の恋をストーリー仕立てにして、フォークシンガーになった自身の半生をギター1本で歌うんです。“これは自分たちを代弁してくれている歌だ”と共感し、強い衝撃を受けました。
ウチは4人兄弟でみんな音楽好き。でもギターは1本しかないから、取り合いになってもう大変。一度手放すとしばらく弾けないから、しがみついて弾いてましたよ(苦笑)。途中からギターが1本増えて少し余裕ができると、ギターでオリジナルの歌を作り始めました。
『準ちゃん』に触発されて、自分も当時片思いしていた女性のことを思い浮かべながら、自分なりの『準ちゃん』を作りました。自分で言うのもなんですが、なかなかの出来栄えだったと思います(笑)。結局、その子に聞かせることはありませんでしたから、まさか自分のことを歌った片思いの曲があるなんて想像すらしていないでしょうね。
後に漫画家になりますが、拓郎さんを通じて表現する喜びを知ったことが、その原点になったのは間違いありません。代表作と言われる『自虐の詩』のタイトルも拓郎さんの『イメージの詩』からインスピレーションを受けてつけました」
※週刊ポスト2022年7月22日号