安倍晋三・元首相が凶弾に倒れてから1週間。悼んでばかりはいられないのが永田町の宿命だ。参院選で圧勝し、「黄金の3年間」を迎えるはずだった岸田文雄・首相の基盤が、「安倍氏の後継者」を名乗る者たちによって揺らぎ始めている。【前後編の後編。前編から読む】
安倍氏は再登板以降、自民党の支持基盤を大きく変質させてきた。従来の支持層の伝統保守や業界団体に加えて、安保政策のタカ派路線で若い保守層、急進的な保守層、さらに日本会議など改憲推進勢力を取り込み、経済政策ではアベノミクスという改革路線でベンチャー経営者などを惹きつけ、「安倍応援団」といわれる独自の支持基盤を築いたからだ。
安倍氏が残した政治基盤のうち、「改革路線」とベンチャー経営者などの支持層は菅義偉・前首相を中心とする改革派グループが受け継ぎ、憲法改正や安保政策とコアな保守層の一部は自民党タカ派が継承しようと動くなど、2つの流れに分かれようとしている。
参院選に大勝して「黄金の3年間」を目指す岸田文雄・首相にとって、そうした安倍支持層の分断と最大派閥・安倍派の弱体化は好都合に見える。キングメーカーとして政権運営に口を出してきた安倍氏の不在は、首相の力を強めると思えるからだ。
だが、ジャーナリストの田中良紹氏は、岸田氏の政権運営は逆に難しくなったと語る。
「岸田総理は、目の上のタンコブのような存在の安倍さんがいなくなったことで、自らの政治を進めやすくなったかというと、必ずしもそうではない。今までは、政治判断で争点が生じた場合には、安倍さんの了解を得る、もしくは報告をすることで、“安倍さんのお墨付きを得た”と党内を抑えてきたが、それができなくなった」
参院選の勝利も、自民党内では早速、「勝ったのは岸田総理の力ではない。安倍さんの“弔い合戦”で票が集まったおかげだ」(非主流派議員)との声が上がっている。
岸田首相がこのタイミングで安倍路線を転換し、政策に岸田色を出そうとすれば、党内から“安倍さんが亡くなった途端に好き勝手やり始めた”と批判が噴き出すのは明らかだ。
岸田首相もこれまで以上に旧安倍支持勢力に気を遣わざるを得ない。それを物語るのが、参院選後の記者会見(7月11日)だ。岸田首相は、「安倍氏の思いを受け継ぎ、拉致問題や憲法改正など、ご自身の手で果たすことができなかった難題に取り組む」と強調した。
田中氏が続ける。
「岸田総理は当面、安倍後継のポーズを取り、自民党を抑えねばならない。安倍さんが亡くなった今でも、安倍さんの『存在』を強く意識せざるを得ない状態に置かれているということです。
しかし、それが可能かどうか。党内の情勢は混沌としている。自民党の支持層のうち、経済界や従来の保守層、いわゆる保守本流は岸田政権を支持するだろうが、安倍氏を支持した岩盤保守は岸田総理と肌合いが良くない。いくら安倍後継のポーズをとっても、この勢力を味方にはできないのではないか。
この岩盤保守層をつかまえた政治家こそが、本来の意味での安倍後継として岸田総理の前に立ち塞がることになる」
そして岸田首相が安保政策や金融・財政政策について本格的に安倍路線からの転換に踏み出したとき、菅氏を中心とする改革派勢力、高市氏らのタカ派勢力が一斉に反旗を翻し、自民党大乱に向かう可能性がある。