【書評】『ルコネサンス』/有吉玉青・著/集英社/2035円
【評者】川本三郎(評論家)
父恋いの物語。有吉玉青さんがついに書いた。父親のことを。よく知られるように玉青さんの母親は有吉佐和子。父親は大物呼び屋として名を馳せた神彰。両親は玉青さんが幼い頃に離婚した。母親と祖母に育てられたので父親のことはほとんど知らない。しかし、その存在を意識しなかったことはなかったに違いない。遠くにいる父が恋しい。
母親のことを書いた『身がわり』、祖母を書いた『ソボちゃん』は共にエッセイだったが、今回は小説。事実とフィクションがない交ぜになっている。小説だから書けた部分も多いだろう。
主人公の珠絵は二十代の後半。大学院でサルトルを学ぶ。すでに母を亡くし、続いて祖母も逝った。その時、意識されるのが父親。二十年以上会っていない。人に勧められて思い切って再会を決意する。
父がよく行くという銀座のバーで二人は再会する。始めは互いにそれと名乗らない。中年の男性と若い娘として会う。このあたりがサスペンスに富んでいる。大佛次郎『帰郷』の父と娘の戦後の京都での感動的な再会を思わせる。
二十年以上の空白があったからだろう、娘にとって父は父であると同時に年上の頼れる恋人のように思えてくる。だから父に会う時には「デート」という。珠絵は結婚式に父を呼ぶ。父親もうれしいだろう。母親を亡くした、遠くにいる娘の力になりたいと思い続けたのだから。
父は若い女性と再婚していた。しかし、その女性は父を裏切って他の男のところに走った。癌を病む父が再入院した時、父を見舞うと、なんとその女性がいた。思わず珠絵が彼女に向かって「帰れ! 二度と来るな!」と声を荒らげるところは本小説の白眉。
この女性への怒りに、父親への愛情が思い切りこめられている。父親のために、知的な娘が荒くれ者のように怒る。やがて父は癌のために逝くのだろうが、こういう娘と再会出来て幸せだったろう。表題はフランス語で感謝、承認、告白といった意味。
※週刊ポスト2022年8月5・12日号