安倍晋三元首相銃撃事件をきっかけに、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)が再び注目を集めている。その信者である桜田淳子との46年前の出会いを、『女性セブン』の名物ライター“オバ記者”こと野原広子が振り返る。
* * *
「あら、ニューフェイス? よろしくねぇ〜」だったか、「がんばってねぇ〜」だったか。何しろ46年も昔のことであやふやだけど、それでも同世代のアイドル・桜田淳子が目の前に現れ、鼻に抜ける独特の声で話しかけられたときの記憶は忘れるものではない。
昭和51年当時、私は東京・四ツ谷にできたばかりの日本ジャーナリスト専門学校に通いながら、その近所の喫茶店でウエートレスをしていたの。そこはビルごと大手芸能プロダクションの事務所になっていて、その事務所に桜田淳子が所属していたというわけ。
喫茶店のドアを開けて女性マネージャーの後から入ってきた彼女は18才で、私は19才。茨城の農業高校を卒業して上京2年目の私は、有名人に会ったことなどない。その私に桜田淳子が話しかけてくる。この現実がなんとも受け入れ難かったんだわ。もっとも、目の前のスターは分厚いレンズのメガネをかけていて、ずいぶん地味な女の子に見えた。
カウンター席で焼きうどんを食べ始めた彼女から「出身はどこ?」と聞かれてすぐに返答できない私に代わって、カウンターの中を仕切っていたMさんが「茨城なのよ。それでバイトをしながらすぐそこの、何だっけ、ジャーナリストの学校に通っているのよね?」と答えてくれた。
いつの間にかメガネを外していた桜田淳子はテレビ通りの美しい顔をしていたけれど、すぐに「目ッ!」という鋭い声が横から飛んできた。目を細めて人を見る、近眼の人に特有のクセを女性マネージャーからたしなめられ、彼女は慌てて大きく目を見開いたの。
2度目は、車から降りてきた彼女と喫茶店の前で会って、声をかけられた。「わぁ、かわいい。それどこで買ったの?」といきなりだ。「新宿の鈴屋」と言うと、「鈴屋、私も好き。いいな。買おうかな」と、私の青い花柄のジャンパースカートを触りながら本当に欲しそうだった。
スター・桜田淳子には何人かのマネージャーと運転手がついていて、いつでも大人と一緒にいる。私と会えば「あっ!」。こちらもすぐに「あっ!」と手をピラピラ振り合った。話す時間などないのに私に反応する彼女は、ただ“じゃれあえる同世代の友達”を欲しがっているように見えた。
そんな関係が数か月続いたある日のこと。珍しく彼女がひとりで喫茶店に入ってきたの。私はカウンターの隅の席で吸っていたタバコを揉み消して「いらっしゃいませ」と声をかけたら、つかつかと近寄ってきて、「あなたッ、タバコなんか吸うの?」と、いきなり尋問口調だ。
「吸うよ」と言うと、「信じられないッ。私なんか遊びでだって吸ったことないわ。あなた、未成年よね? どうしてタバコなんか吸うわけ?」。
天下の桜田淳子の正論で、店の空気はガラリと変わった。やり取りを聞いていたおじさんたちが「そりゃ、だめだよ。未成年なんだから」と口々に私を責め出したのよ。
それだけじゃない。その一件から、彼女が私を見る目がハッキリと変わったの。前のように、顔を見れば走り寄ってきたりしないし、話しかけもしない。離れたところから「タバコを吸う子」と軽蔑を込めた目で見ているように、私には思えた。