アニメ映画『この世界の片隅に』(片渕須直監督)では、戦時中の生活風俗が事細かく描き込まれていた。そして、作品の情感をさらに高めていたのが、そうした日常空間から聞こえてくる生活にまつわる効果音の数々だった。その音は、どのように創られていったのか──。映画史・時代劇研究家の春日太一氏が、音響効果を担当した柴崎憲治氏に話を聞いた。
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柴崎:僕の親世代が経験してきた、人同士のふれあい方が少しでも垣間見える音になればいいかなというのが、まずはありました。
隣の家に醤油を借りるなど、人と人との距離が昔は近かったはずなんです。そういう世界観を上手く音で表現できたらなというのがありました。
――冒頭から、カモメの鳴き声に人々の喧騒。さまざまな生活や自然の音が入っています。そこは狙いがありましたか?
柴崎:はい。かなり考えました。平和な広島という町の小さな商店街。そこにはいろんな人も鳥もいて、自然と人間が関わる距離がものすごく近い。それに瀬戸内海って穏やかなんですよね。人も海も非常にやわらかい。そういう世界観を音で表現しようと意識していました。
だからこそ、商店街も懐かしく作りたかったんです。いつも人が行き交っていて、そのザワザワしたところに物売りの声が響く。そこに古びた自転車の音などを入れて時代を感じさせようとしました。
自転車の音一つ、車の音一つでも今とは違います。車でいえば、木炭車が走っていたし、自転車も今のようなちゃんとした自転車ではなくて、チューブのない自転車が走っていたり。
――ただ、そうした現物は今はないですよね。そういう場合、音はどのようにつけるのでしょう。
柴崎:「フォーリー」といって、スタジオで新たに効果音を録ります。たとえば古い自転車の音でしたら、ちょっとチェーンがタイヤに当たってバランス悪くなって、ガチャガチャした軋みが多くなっている自転車を実際に動かして、その音を録る。それで古い感じが出るわけです。本当はその当時も、実は自転車だってそんなに古くないわけですよ。でも、そういう音をつくることによって時代の距離感といいますか、「今とは違うよ」ということを表現するわけです。