大阪屈指の繁華街、難波で終戦直後から続く『北川酒店』。赤い庇(ひさし)の奥で三代目店主・北川貴美子さん(83歳)と娘・孫の三代で客を温かくもてなす。
昭和からの時が刻まれた木のカウンターを囲み、「誰もが程よい距離感だから寛げる」(60代)と常連客たち。
「(カウンターを触りながら)この木の風合い、味があるやろ? 仕事があるときもないときも、かれこれ20年来通っとる。ここで飲みながら趣味の山登りの計画立てとるときがめちゃくちゃ楽しいねん。昔はこの店を0次会にして2軒、3軒と難波の街ではしご酒しとったけど、最近はすっかりここがメインになっとるね」(60代)
「なぜここで飲むかっていうと、お客さん同士、顔見知りだけど利害関係がないから。そんなゆるい関係が居心地いいんだよね。若い頃はさ、あえて仕事のアポを午後遅めに入れて、そのまま直帰することにして、ここへ通ったものです。昔は無茶な飲み方しとったときもあったなぁ。お母さん(店主)が気さくだから、この店で飲んでいるといつも楽しくなってしまってね」
と、満面の笑みで語る長身の紳士を指して、
「この人は昔、店の前で同僚と手を携えてスキップしとってなぁ。上手いことできてなかったけどな(笑い)。そっからはずっと“スキップさん”と呼んでるんよ」
と、店主も思い出話に花を咲かせる。
「店の前は、今はきれいに整備されましたけどね、昔はラーメンの屋台が出ていたりして、昭和の風景が広がっていました。すぐそこに大阪と奈良を結ぶ大阪鉄道の始点となっていた湊町いう駅があったんですよ」(スキップさん、60代)
店主の貴美子さんは、馴染みの客との昔話をしながら、これまでを振り返る。
「終戦間もない頃からここで酒屋をやってましたが、夫が61歳のときに亡くなりましてね。それから、私が、番頭だった夫の叔父に商売を教わってなんとかやってます。長年、通ってくれるお客さんあってこそだと感謝してます」
店主の娘・智子さん(58歳)も会話に加わった。
「私は、生まれたときからここでお客様が“立ち呑み”する風景をずっと見てきました。昔はP箱(ビールケース)を積んで板をのせただけの台を囲んで、みなさん飲んでいましたね」
「この店は、いつ来てもほんま家族が仲良うてね。私は、1人でも、同僚とも来とる。家にストレスは持って帰れへんから、ここでいったんリセットしてんねん。お客さんも喋りやすい人が多いんでね。」(週5で通う70代)
1人しっかり覚えてくれている。それが嬉しくてね」(50代、印刷業)
と、ふわりと柚子が香る湯豆腐をあてにゆったりと飲む常連客。
つまみ作りを担当するのは、孫の瞳さん(30歳)だ。店の奥にある細長い厨房で、温かい豆腐にとろろ昆布をふんわりのせ、柚子の皮をほんの少しあしらい、客の前へ静かに運ぶ。枝豆には、チラシで丁寧に折った手製の殻入れをそっと差し出す心遣いも。
店主の貴美子さんは御年83歳。常連客と語らいながら、カウンターの向こう側でそろばんを弾く姿は凜として若々しい。
「母は美容院もちょこちょこ行くしな、こまめにメンテナンスしていますよ(笑い)。80代でも現役で働けるということを証明してくれていますよね。母は一生現役、エイジレスやね」
と、智子さん。
「おばあちゃんはいつもきれいにしています。人前に出るときだけじゃなくて、家でもきっちりしているのは格好いいと思います」
と、瞳さんも語る。
「四捨五入したら百歳や言うてんねん(笑い)。こうして店に立ち続けられるのは、ほんま健康あっての話やな。
休みの日は娘と孫と3人で野球観戦に行ったり、温泉行ったりな。働くときも遊ぶときも全力投球やねん」(店主)
いつ来ても母娘孫、三世代の明るい笑顔に会える――。そんな魅力あふれる、和やかな店内で、皆が喉を潤す酒は『焼酎ハイボール』。
「キレがあってうまい、爽やかで心浮き立つ味。スキップしたくなるやろ」(60代)
2022年6月10日取材
■北川酒店
【住所】大阪府大阪市浪速区元町1-2-26
【電話番号】06-6641-3994
【営業時間】16~21時、土・日曜・祝日定休
焼酎ハイボール200円、ビール大びん510円、湯豆腐350円、トマト300円、枝豆300円
※営業時間等は店舗にお問い合わせください。