女性は87.57才、男性は81.47才──これは7月末に発表された日本人の最新の平均寿命だ。新型コロナウイルス流行の影響により、前年に比べると少し短くなったものの、女性は世界トップ、男性もスイス、ノルウェーに続き第3位にランクインした。
日本人が長寿である背景には、国民皆保険制度によって水準の高い医療を万人が享受できる環境があると考えられる。しかし、検診や治療にアクセスしやすいことが弊害を生むケースも少なくない。
東京大学医学部附属病院放射線科特任教授の中川恵一さんが指摘する。
「もちろん多くの医療行為は死亡リスクを下げるために有効ですが、その一方で、検診で病気を見つけて治療を行うことがかえって体に負担をかける事例もある。代表的な病気が甲状腺がんです。微少ながん細胞を含めると、高齢者のほとんどが甲状腺がんを持つとされますが、それが原因で亡くなることは極めてまれです。ところが、発見されると、がん宣告によって精神的なダメージを受けるばかりか、手術で摘出すればホルモン剤を一生のみ続けなければならず、マイナス面の方が大きい。実際、甲状腺がんの検診が普及した韓国では、20年間で発見数が15倍に増えたにもかかわらず、死亡者数に変化はありませんでした」
つまり、検査や医療行為を受けるメリットとデメリットを天秤にかけたとき、「見つけ出して治療することで損をするケース」が存在するということ。
特にがんに関しては、検診の方法によって受ける意味がほとんどないケースもある。医療ジャーナリストの村上和巳さんが解説する。
「人間ドックのオプションでよく見かける『腫瘍マーカー』はその最たる例です。検査自体は血液や尿検査で成分を測定するだけなので、体への負担はほとんどありません。しかしこの検査は本来、すでにがんと診断された人が治療の方針や効果を測定するために受けるもの。まだ見つかっていないがんを発見するのには適しておらず、見落としも多い。健康な人がわざわざお金を払って受ける価値はありません」
空腹状態でバリウムをのみ、エックス線によって胃がんを見つけ出す「バリウム検査」も、その有効性が疑問視されている。
「胃がんを早期発見するならば、バリウムよりも『内視鏡検査』を受けるべき。バリウムは内視鏡に比べて、明らかに精度が落ちるうえ、内視鏡は胃と同時に食道も診ることができるため、食道がんも一緒に検査できます。食道がんは過度の飲酒や喫煙で罹患リスクが上がり、早期で発見できなかった場合、生存率は大幅に下がります。精度の面でも、発見できるがんの種類においても、バリウム検査を選ぶのは損です」(村上さん)
新潟大学名誉教授の岡田正彦さんは、肺がん検診の「胸部エックス線検査」に疑問を呈する。
「肺がん検診を受けた人、受けなかった人をそれぞれ6年間追跡調査したところ、前者の生存率が圧倒的に低いという結果になった。
肺がんの中には放置しても大きくならないものや、自然に消滅するものなど、治療の必要度が低いものが比較的多いとされています。にもかかわらず、手術や抗がん剤など体に大きな負担をかける治療を受けることで、抵抗力が下がり、寿命を縮めるリスクがあるのです」