認知症を患うと自身の生活への影響だけでなく、家族にも介護の負担が生じる。だからこそ、「脳の健康寿命」を延ばすことが重要だ。
「脳が健康であれば、全身の健康が長く保てます」
そう言うのは、認知症専門医の新井平伊アルツクリニック東京院長だ。新井医師が解説する。
「寿命は年々延びていますが、脳の健康寿命はそれほど変わりません。そもそも認知症になってしまうと、“健康でいよう”という意欲が低下し、健康状態を維持できなくなる。ただし、今のところアルツハイマーなどの認知症の原因は特定に至らず、ワクチンや特効薬がないため、発症を完全に防ぐことは難しい。現代の医療で可能なのは、“認知症の発症を遅らせる”ことです。そのために大切なのは、“脳の老化防止”です」
脳の老化は、生活習慣が一因となる。歳を重ねると糖尿病や高血圧、高脂血症といった生活習慣病を患う人が多いが、脳へのダメージは小さくない。
「生活習慣病は血管と神経細胞にダメージを与えて脳に酸素を運ぶ機能を阻害します。例えば糖尿病を患うと、認知症の発症リスクはアルツハイマー型で1.5倍、脳血管性認知症で2.5倍ほどに高まります。飲酒と喫煙も脳の老化を招きます。大量飲酒は脳を萎縮させ、喫煙は脳神経を傷つける。オランダの研究で、喫煙者は非喫煙者の2.3倍ほどアルツハイマー型認知症の発症リスクが高まるという追跡調査があります」(新井医師)
生活習慣の見直しがまずは肝要だ。規則正しい「食事」「睡眠」「運動」が重要になる。バランスのいい食事を心がけ、夜中に何度も起きない質の良い睡眠を取りたい。そして、ウォーキングなど無理のない有酸素運動が効果的だという。
五感に刺激を与えることも脳の老化予防に効果がある。認知症患者への訪問医療を行なう心越クリニックの岩間洋亮院長が指摘する。
「人間は外部から得た情報を『視覚』『聴覚』『嗅覚』『味覚』『触覚』の五感のセンサーで処理してアウトプットしますが、その際に脳が刺激されるのです」
例えば、匂いが遠い記憶を呼び起こすことがあるが、それは匂いが嗅覚を通して記憶を司る海馬を刺激し、アウトプットが生じた結果である。
五感の中で岩間医師が特に重視するのが聴覚だ。
「認知症が進んでいる人の多くが難聴を患っています。テレビを見ていて、家族から『音がうるさい』と指摘されるなら、聴力の低下が疑われ、放置すると認知症リスクが増します。
一方、ボケない人はラジオを聞く習慣のある人が多い。ラジオは聞きながら掃除や洗濯などができるので、手足と頭が同時に刺激されます。さらに、ラジオで得た情報を誰かに話すことで社会との接点ができ、さらなる脳への刺激を得られるという好循環が生まれやすい」(岩間医師)