体を斜めに構えて左手でマイクを握り、右手で拳を握るポーズで切々と歌い上げる──。五木ひろし(74才)の独特なスタイルはデビュー時に生み出されたが、こぶしをきかせた歌唱は少年時代から身についていたという。
「小学校の4年生か5年生の頃だったと思います。合唱隊で童謡・唱歌の『春の小川』を歌ったところ♪春のおぉがぁわぁはぁぁ〜♪なんて調子の違う歌声が混じっていて、先生が『誰だぁ、いまヘンな歌い方をしたのは!?』と驚いたら、ぼくだったんですよ(笑い)。当時はすでに歌謡曲に夢中で三橋美智也さんなどをずっと聴いていたので、何を歌ってもそういう歌い方でした」
と、自身のこぶしのルーツは昭和を彩った数々の歌謡曲だと明かす。
「ぼくは本当に歌が好きでね。幼い頃から親しんできましたし、これまで制作した223枚のアルバムの半数近くは名曲のカバー集や作詞家・作曲家にスポットをあてたトリビュート・アルバム。自分なりに研究もして昭和の歌謡曲を熟知していると思います。そのおかげか、今年は三橋美智也さんの二十七回忌にあたる年なので、そういった先人の記念コンサートをする折にはよくお話をいただくんです。2019年の田端義夫さんの生誕100年を記念したコンサートでは娘さんのお声がけで、“バタヤン”愛用のギターを特別にお借りして名曲『かえり船』を披露させていただいて。偉大な先輩の歌の心を引き継いで光栄なひとときでした」
歌謡曲を愛し敬う、そんな五木が選曲に携わり、司会を務める歌番組が『人生、歌がある』(BS朝日)。ベテランから若手まで集い、人生で心に刻まれる名曲をたっぷり2時間歌い継ぐ。
「常に大切にしているのは先人をリスペクトして、歌謡史の歴史を継承すること。単に歌を紹介するだけで終わらず、その歌はどんな背景で生まれ、どんな人がどういう想いで作り、歌われたのか。最大の敬意を込めて、歌、人、想い、時代を時間の許す限り語ります」
流行を追う巷の歌番組とは趣が異なり、歌を掘り下げ、司会者のみならず、出演者も歌にまつわるエピソードを語り合ってさまざまな想い出が交差する。五木からポンと飛び出す秘蔵話に目を丸くしたり、身を乗り出して相槌を打つ出演者の素の反応を見るのも楽しい。
「ホン(台本)に書いていなくても知っていることはアドリブで話しちゃうんですよ(笑い)。歌へのリスペクトとして、この番組では名曲も新曲もすべてフルコーラスで歌います。1曲じっくりと聴かせるのが自慢なんです」
この日の収録では、作曲も手掛けた最新曲の『北前船』をフルコーラスで熱唱。「ハッ!」「ヨイショッ!」と勇ましいかけ声と共に一攫千金を狙う船乗りの姿をエネルギッシュに歌い上げた。
「和とロックを融合させた男のロマンを感じさせるサウンドに仕上がり、女心や艶っぽさを歌ってきたぼくにとって、こんなに男っぽい歌は初めての挑戦です。命がけで荒波へ漕ぎ出す男たちの心意気を曲へ込め、北前船の船乗りになった気持ちで歌っています」
歌手活動60周年にむけて人生のすべてをかける
過去には『契り』など五木ひろし名義の作品もあるが、今回は「上総優」の名義で作曲している。
「作曲では極力目立たないようにしていて、いくつかペンネームがあるんです。このペンネームは次男坊の名が由来。絵で頑張っていて、かずさ(新鋭画家の松山和真さん)といいます。優しい子なので“かずさ・ゆう”にしました」
目尻を下げて語る横顔に、息子へ注ぐ父親の深い愛情を滲ませる。