【著者インタビュー】平松洋子さん/『おあげさん』/PARCO出版/1980円
【本の内容】
「おあげさん」こと油揚げについてひたすら綴った29篇を収録。その掉尾を飾るのは「二枚あれば三合飲める」と題された一篇だ。《酒の肴をひとつだけ選ばせてやると言われたら、私は「油揚げください」と頭を下げる。油揚げ「で」いいのではなく、ぜひとも油揚げ「が」いいのです、お願いします》という文章から始まる。読んだら最後、もう油揚げを食べずにはいられなくなる、油揚げへの偏愛が詰まった、かつてないエッセイ集。
この2年、常に油揚げのことが頭にありました
油揚げの、ひとことでは言えない魅力の不思議さに迫る。
「油揚げは好きで、これまでにもエッセイに書いたりしていましたけど、編集者に提案されるまで、油揚げで本一冊書けるなんて思っていませんでした。油揚げで書きませんかと言われて、日本の食物史や揚げ物の文化、流通の問題、家庭のありようや時代性など、案外たくさんのことが書けるかもしれないな、と思ったのがこの本の始まりです」
ほとんどが書き下ろしだが、一気に書くのではなく、2年ほどかけて少しずつ書き進めていったという。
「短期間に集中して書くと、大事なところが抜けちゃうんじゃないかと思ったんですよね。江戸時代のことは書いた、栃尾の油揚げについても書いた、っていうふうに、それぞれの角度からきっちり書く書き方は油揚げにふさわしくない気がして。仕事の合間に調べものをして、コツコツ書いていきました。レシピもつけたので、この2年、ずーっと油揚げ料理をつくってはレシピをメモして写真に撮って、というのを続けていたから、常に油揚げのことが頭にありましたね」
ていねいに味をしみこませるように書かれたエッセイを読むと、油揚げにまつわる自分の古い記憶がなぜかするすると引き出される。
「最初に書いたのが『暮れのなます』という、友人のお母さんがつくった紅白なますについての文章です。自分の中で大事なことを書こう、と思ったときに浮かんだのがこのなますのことでした。とんかつやうなぎと違って、油揚げのことはふだんあまり意識しませんけど、この文章を書いたら、いまは忘れているいろんな記憶が、自分の中に眠っていると気づいたんです」
油揚げの裏の白い部分をこそげ、刻んだ大根、にんじん、表の茶色い部分とあわせる手のこんだなますのおいしさを、平松さんのお嬢さんは「言葉にならない味」と表現する。友人のお母さんが年をとって料理をつくらなくなった後は、平松さんのだんなさんが引き継いでつくるようになったという。
冒頭の謎めいた一篇にも引き込まれる。一見、探検ルポのようで、どこに連れて行かれるのかわからず不安になるが、きっちり着地し、ホッとするので、ぜひとも本で実物にあたってほしい。
「1、2篇書いては編集者に送っていたんですけど、書き続ける弾みをつけたくて、ちょっと違うテイストのものを書いておずおずと送ったのがこれなんです。全部書き終えて、編集者から本全体の構成が送られてきたら、これが最初になっていて、『えーっ、いいんですか?』と聞いたんですけど、『これでいきます』と言うので、もうおまかせしました(笑い)」
油揚げは熱湯をかけて油抜きをするもの、という思い込みが、なぜか体育の時間にはく女子のブルマーに結びつくのもおかしい。江戸から明治にかけて活躍した画家高橋由一の豆腐と油揚げの絵や、オンシアター自由劇場の芝居『上海バンスキング』など、話題は多方面に広がる。
油揚げについて話しながら、「ああ見えて」という言葉が平松さんの口から何度か出た。
「油揚げってすごくあいまいな存在なんですよね。あぶっただけで食べられる、完成された素材でありながら、なんでも受け入れて、どんどん変化していける。多義性というんでしょうか。ほかに似た食べ物ってない気がします」
同じ大豆を原料とする豆腐に似ているが、豆腐の存在感ともまた違っている。冷蔵庫のなかった時代、豆腐は日持ちしなかったが、当時、貴重品だった油で揚げることで、一気に広がったと思う、と平松さん。