【書評】『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』/いしいひさいち・著/(笑)いしい商店/1000円
【評者】大塚英志(まんが原作者)
新聞などの4コマまんがで知られるいしいひさいちの「ストーリーまんが」である。いしいの4コマまんがでは、登場人物がただ、世相や日常を切りとるだけのツールではなく、その背後にしばしば時間経過とストーリーが潜ませてあることは、ミステリー作家・藤原瞳先生の学生時代からデビューするまでの連作などにこれまでも垣間見えていたが、本作はそれがより鮮明となった、正攻法のビルドゥングス・ロマンだ。
「ファド」というポルトガルの大衆音楽に魅せられた田舎町の高校生が、歌手として成功していくと文章で書いてしまえばありふれた物語であり、普通なら物語を引っぱるギミックになるはずの「何故、ファドなのか?」は不問のままだ。しかしストーリーの構成は秀逸で、ヒロインを支える親友が存在感を持って描かれる。つまりこれは女子二人の友情の物語なのである。
親友はどうやら地回りか何かの家の子だが、ヒロインをイリーガルな手段で支えるわけでもなく、ただ「ライナスの毛布」として傍にあるだけだ。上京して落ち込んでも電話口で故郷から「おい」とどやしつけてくれるだけで、ヒロインは彼女が彼女であることを回復できる。
ここから先はいわゆるネタバラシになるが、この作品が成長物語として優れているのは「ライナスの毛布」との別離がヒロインの成長の最後に用意されているからだ。ちなみに「ライナスの毛布」とは心理学者ウィニコットが指摘した、分離不安の子供が手から離さない毛布の類のことで、ぬいぐるみのクマや空想の友達も含まれる。
唐突な例だが、トトロはその類で、だからさつきやメイにトトロとの別離が待つことは作中で物語られずともわかるが、親友はその役回りを当然のように受け入れる。それは親友が彼女のいる場所から決して出ていけないからなのだろうが、この親友の視点から物語を読んでいった時、ラスト近く、基本1頁4コマの連続で構成される物語が1頁3コマに転じるくだりの意味がより切なく伝わってくる。
※週刊ポスト2022年9月16・23日号