■「車いすユーザーの母がボルボを運転する話」を世界に紹介
車いすユーザーの母、ダウン症で知的障害のある弟、認知症の祖母との日常を、ユーモアたっぷりの筆致で愛情をこめて綴った作品が大人気の作家・岸田奈美さん。
2020年12月にnoteで配信した「全財産を使って外車買ったら、えらいことになった」では、本の印税で亡父の愛車だったボルボを買い、さまざまな困難に直面しながら関係者の協力を得て、車いすユーザーの母のため改造を達成した顛末を赤裸々に綴っている。その記事は約100万人に読まれ大きな反響を呼んだ。
―― その記事を英語ほか10言語に訳し、全世界に配信したのが、目と鼻(鼻梁)がない重度の障害を持つ長女・千璃(せり)さんをニューヨークで育てている倉本美香さん。千璃さんを育てていく体験を綴った書籍『未完の贈り物 娘には目も鼻もありません』は大きな感動を呼び、このたび新作ミュージカル化もされ、東京と大阪で上演される。
ニューヨーク在住の倉本美香さんと京都在住の岸田奈美さん、それぞれアプローチは違っても、障害をもつ家族のことを愛し伝えていく熱量に近いものを感じる。どんな縁で翻訳へとつながっていったのか、お互いについて感じること、そしてご家族について、オンライン対談で伺った。
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■「『岸田さんのお母さん、中国ですごいことになってるよ』って」(岸田さん)
―― そもそもなぜ岸田さんは、「全財産を使って外車買ったら、えらいことになった」というnoteを英訳したいと思ったのだろうか。
岸田(以下敬称略):きっかけは、「全財産を使って外車買ったら、えらいことになった」がバズった後にアップされた、母がボルボを運転するYouTube動画です。この動画は日本だけでなく、世界一周するぐらい、世界各国でバズったんですよ。
最初は中国で、次がタイ、ミャンマーと東アジアから広まって、アメリカとかヨーロッパまで。たまたま中国のSNSをやっている人から、「中国のSNSで岸田さんのお母さんすごいことなってるよ」って教えてもらって。ちょっと見せてもらったら、「手だけで運転してるなんてすごい!」という反応がとても多かったんです。
最初は、「手だけでも運転できることが、意外に知られていないんだな」くらいに思っていたんですが、さらにミャンマーの人の反応が異常なまでにすごかったんですよ。みんなが「ありえない」って驚愕していた。
なぜかというと、私もミャンマーに行ったことがあるんですけど、宗教的に「障害のある人は前世で悪いことをした人」だっていう考え方があって、一部、日本よりも障害者差別がひどい認識をお持ちの方もいらっしゃるんですね。そういうお国柄だから「まさか障害のある人が車を運転しているなんて」と、衝撃だったらしくて。
■「あの動画が、私の生きる希望です」
岸田:その時、ミャンマーから届いたメッセージの中に、「もう絶望したまま生きていくしかないと思っていたんだけど、まさか障害のある人が車を運転できる国があるとも思わなかった」と。さらに、一緒に映っていた障害者の弟が、普通に幸せそうに暮らしている光景にも驚いたそうです。
「自殺しなくてよかった。あの動画が私の生きる希望です」というメッセージをいただいた時、「動画の元になったあのnoteを世界に発信したら、『生きていてよかった』って思える人がもっとたくさん増えるんじゃないか」って思ったんですよ。ところが私が英語が壊滅的に苦手なので(笑い)、ツイッターで「翻訳のできる人」を募集したんです。
――岸田さんのツイッターのフォロワー数は、15.8万人(*2022年9月現在)。当時、この募集には、120人以上もの応募があったという。その中の一人が、重い障害を持つ長女・千璃ちゃんと3人の子供を育てつつ、語学アカデミーの設立準備を進めていた倉本さんだった。
倉本さんはなぜ、岸田さんのnoteの英訳を申し出たのだろうか。また、なぜ岸田さんは、倉本さんからのDMの申し出を見て即決したのか。