1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏が、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、レース中にジョッキーが考えていることについてお届けする。
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いきなりタイトルと相反するようで申し訳ないけれど(笑)、いい勝ち方をする時は何も考えていない、考える前に体が動いています。レース中、他の馬の位置取りなどの情報など視覚から入ってくる情報に、考えることなくスムーズに対応できる時の方がきれいに勝てていました。
9月の中京では多くのコースレコードが出ました。しばらく使っていなかった開幕週の馬場は時計が速くなります。ただし鞍上のジョッキーは、レース中、「速いな。これはレコードタイムが出るぞ」なんて考えることはありません。なぜいいタイムが出るかというと、それはコースが走りやすくて、そんなに目一杯じゃなくても、馬が楽に気分よく走れているという時。頑張って一生懸命走っているという状況ではなく、なんとなく出てしまったという感じです。
前のレースの時計が速かったりすると、クラスが上がればもっと出るだろうなというのは思います。それでもレースの時は、どの馬が前へ行くのかとか、どの馬を負かしたら勝てるのかしか考えていません。陸上や水泳と違って、いいタイムを出すことが目的ではないのですから。
一方、レース中には「動くに動けない」という状況があります。見ているファンからすれば、馬券を買っている馬が後方にいて、なかなか順位を上げていかないとジリジリすることがあるでしょう。「そんな後ろじゃダメだろ」「もっと早めに上がっていかないと!」と怒りたくなるのではないでしょうか。「いったい何を考えているんだ!?」とか(笑)。
動けるものならとっくに動いているはずです。でも先に動いてしまうと、同じような位置にいた他の馬から目標にされてしまう。「長くいい脚を使える」タイプなら行ききれるかもしれないけれど、早く動いたために止まってしまうこともよくある。一度ギアをあげていったん止めてしまうと、再度ギアチェンジをするのは難しいのです。もちろん「一瞬の脚で勝負する」タイプなら、我慢して我慢して、ここぞでゴーサインを出すようにしなければ勝てません。
スタートよく出て、後ろの馬が動きにくいペースをつくれるのが、逃げ馬や先行馬の強みですが、同じような馬ばかりが揃って競り合えば共倒れになるから、どっちがいいかというのは難しい。ただ、今の競馬場はある程度前に行けるスピードがないとダメというのが前提になってはいます。それでも急に雨が降ったりするとガラッと変わります。