【著者インタビュー】池井戸潤氏/『ハヤブサ消防団』/集英社/1925円
日本中の働く人々の胸を熱くさせ、明日への希望の火を灯す―。これまで『半沢直樹』や『下町ロケット』など、人気作を世に送り出してきた作家・池井戸潤氏。しかし、この度、発表された作品は、今までとは趣を異にしたものとなっている。銀行も会社も登場せず、上司と部下の闘いも、ライバル企業との鍔迫り合いも描かれない。それが最新刊『ハヤブサ消防団』だ。
亡き父の故郷である山あいの小さな村に移住した作家〈三馬太郎〉が、地域の消防団の一員となって暮らし始めた中で出合う一大事を描いた物語は、まさに“田園ミステリ”というキャッチフレーズがぴったり。活き活きとした田舎暮らしの描写と、謎が謎を呼ぶサスペンスフルな展開が同居する物語は、とくに中年世代に不思議な感興を呼ぶ仕上がりに。そこには、2つの存在が大きな影響を及ぼしたというのだが……。
「田舎の小説を書く、というのがすべての始まりでした」新作の設定について、池井戸氏はそう語り出した。『ハヤブサ消防団』の舞台は〈中部地方にあるU県S郡の、山々に囲まれた八百万町〉。高原地帯の一隅にある〈ハヤブサ地区〉で、物語は静かに幕を開ける。
「風土的にも規模感からしても、ほぼ僕の故郷がモデルといっていいと思います。僕自身は大学進学で町を離れ、しばらくは幼馴染み数人との付き合いでしたが、15年程前から父に代わって地域の祭りに参加するようになりました。愛郷心というより、ボランティア精神という感じかな。そうしているうちに、町の人たちとも知り合って人間関係を築くことになったんです」
新作の“ネタ元”のひとつとなったのが、その故郷の友人たちだった。作中で主人公が入る消防団での活動の様子のいくつかは、現役の団員である彼らの実体験に基づいているという。
「折につけ訓練が大変だとかいろいろな話を聞かされてきました。消防技術を競う大会の最中にズボンの尻の部分が破れて失敗したとか、詰所に幽霊が出たとか、これは消防団の活動ではないけれど、祭りで吹く笛の音をICレコーダーの音声でごまかしたのがバレたとか、おかしな話もいっぱいあった。
作品の中に出てくる、これはさすがにでっち上げだろうという話ほど本当の出来事で(笑)。小説誌での連載中も、1話発表するごとに町の人たちからいろんなリアクションがあって楽しかったですね」
のどかな田舎町の日常。しかし、その中で事件は起こり始める。打ち続く放火、それと前後して町の中で目撃される謎の人影、町民の不審死……。主人公の太郎は、ミステリ作家らしくわずかな異変を線でつなぎ始め、やがて、人知れず町を飲み込もうとしていたある陰謀に行き当たる。
「放火事件が立て続けに起こったとか、山の中の淵で死体が上がったとか、そういうこともこの半世紀ほどの間に故郷で実際に起きたことです。だから、完全な事実無根のフィクションではなく、ポツポツと落ちていた種を拾って育てていったら、八百万の町に巣食うものの姿が見えてきた……というか」