日本を舞台にしたトム・クルーズ主演のハリウッド映画『ラスト サムライ』(二〇〇三年、エドワード・ズウィック監督)には、主要キャストで日本の俳優も数多く出演。渡辺謙、真田広之はこれを契機にハリウッドに活躍の場を移すことになる。そうした日本人俳優たちをキャスティング・ディレクターとして配役したのが、奈良橋陽子氏だ。映画史・時代劇研究家の春日太一氏が、奈良橋氏が同作品に携わった経緯を聞いた。
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奈良橋:ちょうど私自身が幕末期の舞台劇を演出していた時期でした。そのお芝居をたまたまワーナー・ブラザースの弁護士が見に来ていて、「ワーナーから映画の仕事依頼が来ると思います」と言われて。その後少ししたら監督から直接eメールが届いたんです。それがスタートでした。監督から台本がすぐ送られてきて、読んだら私も感動して「やります!」となりました。
――トム・クルーズの主演は既に決まっていたのでしょうか。
奈良橋:そのときはまだでした。主演候補の人の名前も色々聞いたんですけどね。私は定期的にロサンゼルスに行っているのですが、監督に会うたびに、「ちょっとまだ主演が決まってない。決まらないとこの作品はできない」と。
アメリカの場合は出演料が何億という「A-List」(トップスターのリスト)の役者を入れないとプロジェクトを実行できません。半年くらいして「トム・クルーズに決まった」と言われ、「!」が十個つくぐらい、嬉しかったです。
監督が「日本にどういう俳優がいるのか、一度下調べしたい」と来日することになりました。そのとき、すぐ真田広之さんが思い浮かんだんです。
――真田さんは時代劇をやらせたら右に出る者はいませんからね。
奈良橋:ちょうど私も時代劇の舞台をやった後なので、殺陣をできる役者たちが揃っている。そのチームとヒロさん(真田)とで殺陣のショーを演出したんです。体育館を借りて監督に披露したら、とても喜んでくれましてね。「よし、これで行けるぞ」となりました。
そこからキャスティングについて監督と話し合い、「この人、この人」って目星をつけておき、次に監督が来日する時に「オーディションをします」と。
そしてそのトップバッターは渡辺謙さんになりました。
【プロフィール】
奈良橋陽子(ならはし・ようこ)/ニューヨークのネイバーフッド・プレイハウスで学ぶ。演出した舞台・映画『THE WINDS OF GOD』(1995)は「国連芸術賞」「日本映画批評家大賞」受賞。現在はキャスティング・ディレクターとしても活躍しており、映画『ラスト サムライ』『SAYURI』『バベル』『終戦のエンペラー』など話題作を次々と手がけている。
【聞き手・文】
春日太一(かすが・たいち)/1977年生まれ、東京都出身。映画史・時代劇研究家。
※週刊ポスト2022年10月7・14日号