うなるような低いサイレン音に、人工的な音声が続く。「ミサイル発射。ミサイル発射」──。北朝鮮が連発している弾道ミサイルが、思わぬ側面から日本人の精神に傷を残している。広島市出身で都内在住の80代男性が嘆息する。
「ミサイル発射のニュースを見るたびに憂鬱になる。とくに先日のJアラートでは、幼少期の原爆体験が蘇ってきてしまい、目眩で倒れそうになりました。以来、体がだるくて食欲もない」
北朝鮮が発射したミサイルは今年に入って27回目(10月14日時点)。9月下旬からは10月9日までの半月間に7回、計12発も発射した。過去にないペースだ。
いずれも日本のEEZ(排他的経済水域)の外に落下したが、ミサイルは思わぬ“被害”を日本人に及ぼしている。この男性のように「ミサイルうつ」に陥る人が増えているというのだ。心理カウンセラーの青柳雅也氏が語る。
「とくに戦争体験のある高齢者ほど精神的にダメージを負う可能性があります。原爆や空襲など命に関わる体験をしていると、ニュースの映像を見たりJアラートの音を聞くことで当時の記憶、トラウマがフラッシュバックしてしまう。よくある症状は緊張感やイライラ、発汗などで、ひどくなるとパニック障害や過呼吸を起こします」
関西福祉大学教授で精神科医の勝田吉彰氏は、トラウマによる影響を次のように解説する。
「私の知るケースでは、パリを観光中にテロ事件に遭遇した日本人が、帰国後、地下鉄に乗るために地下道に入ろうとすると、足がすくんでしまうというケースがありました。トラウマは脳内の海馬、扁桃体に異変が起こるためにできるという説がありますが、年月を経てから症状を引き起こすこともある。トラウマが原因でPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する人は約2割といわれていますが、なんらかのメンタル不調を持っているケースなどではもう少し多くなることもあります」
青柳氏によれば、嫌な記憶は詳しく、いい記憶はざっくりと残る傾向があるという。
「嫌な記憶が鮮明に残るのは、それが生命の危険を伴うからだと考えられます。同じ経験をしないために、本能的に回避しようとしてその時の状況を細かく記憶するのです。
トラウマが蘇るきっかけは匂い、天気、湿度、風景など様々。五感で感じた情報が深く記憶されていて、何かの際にそれが結びついて思い出してしまう。無意識でも類似点があれば記憶が呼び起こされる可能性があり、テレビから流れてくる『ミサイル』や『核』といった言葉が影響する場合もあります」